目次


彼らが神に対して熱心なことは確かです。しかしそれは、正確な知識に基づくものではありません。彼らは神の義を知らず、自分の義を確立しようとして神の義に服さなかったからです。−ローマ10:2, 3

前書き

ものみの塔とは、ものみやぐら、すなわち「見張り台」のことである。その上に立って、全地の見張り役を務めていると称しているのが統治体である。
 彼らの場合、見張りの業がいやになって眠り込んでしまうということはない。役目に関しては病的な程に熱心である。問題なのは、霊的睡魔に襲われることではなく、ひどい『幻覚症状』を起こしていることである。いくら熱心であっても、幻覚を見るようになれば、見張りとしてはもう『終わり』である。
なぜ統治体が幻覚を見るようになったのか(初めからそうだったのかもしれないが)、この理由ははっきりしている。『致命傷』になったのは次の三つである。

  1. 不純な動機、組織のエゴイズム、組織バアルの崇拝
  2. 組織論の間違い
  3. 1914年、その他の預言の解釈の間違い、特に黙示録の間違いが致命的

将来を展望する霊的視力は、真理に対する純粋な愛を失い、預言に対する真摯な研究を止めてしまえば、すぐになくなってしまうものである。ものみの塔協会の幹部にとっては、真理は単なる宣伝、預言は組織のポリシー、人集めの手段にすぎない。組織バアルは彼らの動機を汚染させ、組織論と1914年の教義は預言の解釈を間違いだらけにしている。しかも、彼らにはあからさまにそれを指摘されても、改めようとする姿勢は全くないのである。
 見張りは不治の病に侵され、いやしの道はすでに閉ざされた。天の法廷の霊的判決はすでに下ったと判断してよい。
 今回、ものみの塔(見張り)の『終焉』を宣言するに至ったのは、こうした理由による。
 統治体が見ているものは、白昼夢か幻想にすぎない。彼らは見たいものしか見えなくなっているのである。それにつき合うか、つき合わないかは、エホバの証人各自の自由であるが、統治体がもはや人々をパラダイスにも、永遠の命にも導くことができないのは否定しようのない事実である。
 さて、ものみの塔協会の行きつ戻りつ、その場しのぎ、トカゲのしっぽ切り、右往左往、猫の目の教理はよく指摘されることである。しかし、エホバの証人は、そうしたことはすべて、光の組織の証拠、箴言4章18節「義なる者の歩む道はますます明るくなって行く」の成就であると教えられている。
 彼らは心からそう信じているので、
「部分的だって間違いは間違いじゃありませんか。間違ったことを教えていたのなら、真理の組織とはいえないでしょう。」
と迫ってみても、それほど大きな影響はない。
「そんなことはありません。人間は不完全ですから誰でもみな間違いを犯します。それを改めるかどうかによって、真理の組織か否かがわかるのです。かつては不十分な情報で全体像を描こうとしたために、不正確なことを教えてしまったかもしれませんが、それは、むしろ熱心さの証拠です。ものみの塔協会は、間違った『部分』を捨て、正しい『全体』を描くよう努力してきたのですから、確かに真理の組織といえます。」
という組織の弁明を、少しも疑わずに受け入れてしまうのである。
 だから、ものみの塔協会が捨ててしまった古い見解を扱ってもたいした意味はない。私たちは新しい人が教えられている最新の教理を正面から取り上げることにした。
 各章はそれぞれ独立した構成になっている。順序に特別な意味はないので、どの章から読んでいただいてもさしつかえはない。
 出版に先だって、何度かものみの塔協会に質問を試みてみたが、相変わらず返答は全くなかった。よほど都合が悪いのであろう。組織は全面的に逃げ腰である。
 この本で取り上げた論議は、ものみの塔協会が今まで扱ったことのないものが大部分である。組織が公けに説明していない以上、まともに答えることのできるエホバの証人はいないはずである。苦しくなると、ごまかそうとするかもしれないが、それを許さずに質問してゆくなら、最後には返答に窮してしまうだろう。 もし、エホバの証人と話し合う機会があれば、是非次のように勧めてみてほしい。
「あなたが答えられなくても、それは仕方のないことです。ものみの塔協会がはっきり説明していない以上、あなた個人ではどうしようもないでしょう。無理をしないで組織に尋ねてみたらどうですか。あなたの信じているように、ものみの塔協会が真理の組織、唯一の神の組織だというなら、必ず教えてくれるはずです。もし、まともな答えが何もないとしたら、神の組織というのは偽りでしょう。あなたもそれによってものみの塔協会の本当の正体がわかるはずです。」
 本物のエホバの証人であれば、この提案を断ることはできないはずである。
 というのは、彼らは「盲信は絶対によくありません。信じるにはそれなりの根拠が必要です。真の信仰には明白な論証が伴います(ヘブライ11:1)。すべてのことを納得の行くまで確かめて、それから受け入れるべきです(テサロニケ第一5:21)。」と人々に教えてきたからである。

預言の解釈と教理が崩壊してしまうことは、極めて大きな意味を持つ。その宗教にとっては、『終焉』を意味するからである。ものみの塔協会の幹部が悔い改めることはもはやあり得ない。
 ものみの塔の『終焉』は時間の問題であろう。


「この民は口先ではわたしを敬うが、その心は遠く離れている。彼らの崇拝は無駄である。単なる人間の教えを教理として教えているからだ。」 マタイ15章8, 9節

反抗的な人々をも、温和な態度で諭すことが必要です。神が悔い改めと真理を授けてくださるかもしれないからです。-IIテモテ2章25節

1章 義認

(1) 義認とは

義認と救いには綿密な関係がある。神によって義認されない人が救われるということはない。神の祝福や恵みを経験するためには、まず神に義認される必要がある。
 なぜ人は義認されねばならないのか、どのようにして義認されるのか、こうした問題について詳細な論議を展開しているのはローマ人への手紙であるが、使徒パウロはその中の一節でこの教えの根幹について次のように述べている。

「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。」(ローマ3:23,24 新共同訳)

人類は父祖アダム以来、神の義の規準に達しないという意味で罪の下に置かれている。それゆえ自らの業や業績によって神の義の宣言を獲得できる人は誰もいない。しかし感謝すべきことに、イエス・キリストの贖いによって義とされることが可能となった。
 この義認の教義はクリスチャンの信仰の本質に関わるものである。特に組織との関係では非常に重要な位置を占めている。キリスト教の土台とも言えるこの教えは、義認、宣義、成義、義化、称義などの呼び方で一般的に知られている。これらの用語にはそれぞれ神学上の細かいニュアンスの相違はあるが、簡単に言えば神に義とみなされるということなので、とりあえずここでは義認としておく。
 実際に義とされるのかそれとも単に義とみなされるだけなのか、信仰だけで義認されるのかそれとも業が必要なのか、一回の義認だけでよいのか、あるいは絶えず義化されねばならないのか、神学上はいろいろと論議がなされているようであるが、要は視点の問題、焦点の当て方であろうと思う。
 本当に信仰が純粋で清いものであれば口先だけということは有り得ない。正しい信仰にはとうぜん業が伴う。一方、ことばだけの偽善的な信仰であれば、その業は死んだものとなる。その種の信仰が義認されることは絶対にない。また義のレベルを様々な段階に分けて考えれば、成義も義認も義化もほとんど変わりがなくなる。
 加えて歴史上の揺るがぬ証拠がある。実際に義とされるという義化の教義を唱えた人々も、単に義とみなされるに過ぎないという義認の教理を教えた人々も、実際に行ってきたことはほとんど変わりがないのである。現実の行いのレベルでは義認も義化も大差はない。神がもし義認の教理の微細な相違を本当に重要なものとみなしたとすれば、事態はもっと異なっていたものになっていたに違いない。今日までのキリスト教の歩み、その実体は、細かいニュアンスの相違など指導者たちが主張するほどには重要ではないということを物語っている。
 真に重要なのは、どの用語を用いるかということよりも、現実の義認の証しの方であろう。産出的なレベルにおける義認の印がなければ、キリストの贖いもそれによってもたらされるという義認も、しょせんは非現実的なお話しに過ぎなくなってしまう。贖いの実質を忘れ、ささいな教理の違いで争うなど愚の骨頂である。それこそ義認されていない証拠になろう。ある組織、ある教団がいかに自分たちだけが義認されているといっても、その実質がなければ単なる自己宣伝、大いなる錯覚でしかない。

《義認の証し》

本当に神によって義と宣言されるならば、いったい何が与えられるのであろうか、神はどのように義認の証しをしてくださるのであろうか。ローマ5章1節はその点について次のように述べている。

「それゆえ、わたしたちは信仰の結果義と宣せられたのですから、わたしたちの主イエス・キリストを通して神との平和を楽しもうではありませんか。」(新世界訳)

この神との平和は独善的な妄想でもなければ、ミーハー的な信仰の持ち主たちがしばしば感情的に語る、小ワールドの狭い平和でもない。これは、ピリピ4章7節で述べられているような「あらゆる考え、理解、知恵に勝る、あるいはそれらを超える平和」である。様々な反対論や異論に対しても容易には動揺しないものである。強力な情報統制を敷き、象牙の塔に閉じこもって得られるようなものでは決してない。「私は平安だ、私は平安なのだ」と繰り返し自己暗示をかける必要もない。この種の平安は穏やかな確信に満ちたものである。
 さらに神との平和は聖霊が豊かに与えられる土台となる。聖霊のダイナミックな活動は、神の保護、恵み、理解、知恵、いやしなどをもたらす。神から義認された人は、神との平和な関係から得られるこのような様々な祝福を楽しめることになっている。また、義認は大艱難、ハルマゲドンなどの神の裁きにおける救いをも意味している。神の糾弾が地に臨むとき、義認されない人は生き残ることができない。加えて最終的には、神の義認は永遠の命をもたらすものとなる。  しかし、やっかいな問題が一つある。義認されているのかそれともそうではないのかを証明する現実の証拠、誰もが明らかに認めうるような決定的な証拠がないということである。
 キリストが再臨してはっきり分けてしまえば、これはもう絶対である。そうなれば不明な点はもはや何もなくなるが、まだそのようなことは生じていない。大艱難もまだ起きてないし、永遠の命を与えられた人も一人もいない。この面から義認の証しを確かめることは現時点では不可能である。
 では、霊的裁きの方はどうかといえば、これは霊的視力が優れていれば、はっきりしているが、客観的な判定にはかなりの時間がかかるという性質のものである。アナニヤやサッピラの例(使徒5:1-11)もあるが、このような速やかな裁きはきわめて稀である。ほとんどは神がいるのかいないのか、わからないようなケースが多い。結果が出るには時に何十年、あるいは何百年もかかる場合がある。例えば、アダムは「あなたは塵から作られたので塵に帰る」という判決を受けたが、現実に死ぬのはこの宣言から約900年の後である。その影響、変化はデジタル的というよりもアナログ式に近い。義認の霊的レベルでの表れは瞬時には容易に見分けがつかない。早い機会に見抜くには、かなりの霊的な識別力、洞察力が必要である。
 しかしそれでも、神の判決は確実であり絶対である。すべての人の目に明らかになるには時間がかかっても、必ずそれなりの結果は生じるからである。

(2) 組織の義認-ものみの塔協会の最大の問題点

神の文字通りの裁きが始まり、義認されない人が皆滅ぼされてしまうのであれば、義認の結果は誰の目にも明らかになる。しかし、現在の義認というのはあくまでも霊的な性質のものであって、一見するとすぐわかるというようなものではない。ここに、第三者の入り込む余地が出てくる。ものみの塔協会に見られるように、組織のごまかしやすり替えが神の義認を押し退けてしまう事態が生じ得るのである。

《神の義認か組織の義認か》

円熟の仮面をつけた厚顔な偽善者は「私たちは義認されています。聖霊の豊かな祝福を楽しんでいます」というポーズをとるのが非常に巧みである。こういう人々には神の霊的な裁きは全く通用しない。預言者イザヤの次の描写は、偽善的な宗教指導者にピッタリである。

「主は燃える怒りを注ぎ出し激しい戦いを挑まれた。その炎に囲まれても、悟る者はなく火が自分に燃え移っても、気づく者はなかった。」(イザヤ42:25 新共同訳)

偽善者はその厚いマスクで、神の霊的な糾弾の炎をみなはね返してしまう。彼らが心の奥底で評価しているのは、神との平和な関係から得られる霊的な富ではない。本当に望んでいるのは、もっと即物的なものである。そういうわけで偽善者は、神の霊的な裁きに対しては無感覚になってしまうのである。このような人々は神の義認を人や組織の義認に置き換えても、ほとんど良心の呵責を感じることがない。いや、むしろ、それこそが彼らのねらいとするところであろう。
 もちろん教義上は確かに神の義認になっている。ところが実際はいつのまにか組織の義認に、そして組織の代表者の義認にすり替わってしまう。義認の本来の教えからすれば、義認とは神と人との関係の問題であって、人間対人間、人間対組織の問題ではないはずなのだが、神の裁きが霊的なものであることをいいことにして、組織が義認の実権を握ってしまうのである。
 神の義認かそれとも組織の義認か、例外的な状況を別にすれば、ものみの塔協会の場合は文句なく組織の義認である。

《組織の義認のからくり》

神の義認を組織の義認にすり替えてしまう・・・・このからくりのカギは、「忠実で思慮深い奴隷級」「統治体」の教理とものみの塔協会の関係にある。
 忠実で思慮深い奴隷級とは、キリストが再臨する時すべての財産をゆだねる人々のことである。ものみの塔協会の教義ではその代表が統治体ということになっている。したがって、エホバの証人にとっては統治体こそがキリストの是認を得た唯一の管理機関になる。その統治体の用いる法人団体がものみの塔協会ということになっている。
 通称「組織の本」の28ページには、この組織上の流れについて次のように記されている。

「組織内のすべての人は神の神権的な管理の仕方を認めます。諸会衆は、すべての人の益のために組織上の取り決めを定める統治体の導きを受け入れ、それに従います。彼らは、支部、地域区、巡回区、会衆などを監督するために年長者たちに対してなされる任命を受け入れます。」(支部、地域区、巡回区、会衆はものみの塔協会の管轄下におかれている)

神権的な管理の頂点に位置するのが統治体、統治体はものみの塔協会を通して全地のエホバの証人を導くと述べられてはいるが、しかし、どうも実際は逆ではないかという気がする。現在は別としても歴史的な背景からすると、忠実で思慮深い奴隷級、統治体、ものみの塔協会という流れではなくて、その反対、つまり、ものみの塔協会、統治体、忠実で思慮深い奴隷級という流れではないかと。
 最初にC・T・ラッセルがものみの塔協会を設立した。そして組織の拡大に伴って、やがて協会の幹部たちが自らの聖書的根拠を確立しようとして考え出したのが、思慮深い奴隷級及び統治体の教理ではないかと思われるのである。
 事実、ものみの塔協会の初代会長、C・T・ラッセルの時代は彼が忠実で思慮深い奴隷であると考えられていた。奴隷は一人ではなく奴隷級、その数は14万4千人、その代表が統治体というのは、ラッセルの死後かなりの年月を経て確立された教理である。
 この点は、ものみの塔協会の定款にもよく表れている。1972年3月15日号のものみの塔誌(p.184)、「法人団体と異なる統治体」という記事の欄外には、問題のその定款が載せられている。
 以下にその一部を引用する。

「当協会の目的は次のとおりである。すなわち、エホバの証人として知られるクリスチャンの団体のしもべおよびその世界的な合法的管理機関として働くこと。キリスト・イエスの治める神の王国の福音を全能の神エホバの名前とことばと至上権に対する証しとして諸国民すべてに宣べ伝えること。聖書を印刷し、頒布し、キリスト・イエスの治めるエホバの王国の樹立に関する聖書の真理と預言を説明する情報および注解を収めた文書を作成、出版することにより、各種の言語で聖書の真理を流布すること。世界のあらゆる場所に出かけて行き、喜んで耳を傾ける人々に前述の文書を配布し、それら文書に基づいて聖書研究を司会し、公に、また家から家に聖書の真理を宣べ伝え、かつ教える代理行為者・しもべ・要員・教師・教官・福音伝道者・宣教者・奉仕者を認可し、任命すること。」(下線は発行者)

この定款がすべてを物語っている。明記されている通り、実際は最初からものみの塔協会がすべてを管理し(実質は支配)、組織内の役職の設定、任命権のすべてを牛耳っていたのである。
 権力の頂点に位置するのは、ものみの塔協会の会長、副会長、理事などの幹部である。
 会衆に立てられる長老や監督たちの任命は、ものみの塔協会のサインひとつで有効にも無効にもなる。巡回監督や地域監督は、ものみの塔協会に睨まれたらもう終わりである。現実には人事権のすべてを握っているのは聖霊ではなくものみの塔協会である。信者にとっては信仰上の生命に関わる排斥(除名)でさえ、ものみの塔協会のスタンプひとつでどうにでも決まってしまうのである。エホバの証人の中では、ものみの塔協会の義認、サイン、スタンプさえあれば、何でも通ってしまうのが実情である。
 ものみの塔誌は「協会の定款によれば、法人団体としての当協会はエホバの証人の用いる”単なる管理機関”にすぎません」と述べているが、これは全くの言葉の”トリック”にすぎない。すべての実権を握っていながら”単なる管理機関”はない。現実にはまさしく”支配機関”そのものである。
 ものみの塔協会を用いるエホバの証人とはいったい誰であろうか。それは、ものみの塔協会の幹部に他ならない。加えて、意図的かどうかはわからないが、管理の定義が全くなされていないわけだから、すぐに「管理機関」ならぬ「支配機関」になってしまうのは目に見えている。事実は正直である。現在のものみの塔協会の実態が何よりもそれを雄弁に物語っている。  義認の教理に関するものみの塔協会の誤りは、一言でいえば「神の義認」を「組織の義認」にすり替えてしまったことである。組織の義認は、キリスト教の崇拝の本質、「霊と真理による崇拝」を根底から覆してしまう。
 これは何も今になって初めて指摘されることではない。勇気を持ってその危惧を表明した心ある人々は組織内にもいたのである。ところが、ものみの塔協会は頑なにも全く耳を貸そうとはしなかった。そうしてついには組織崇拝、組織バアルと呼べる段階まで来てしまったのである。彼らに自覚がないということは有りえない。はっきりと指摘されているのだから、統治体を始めとする幹部はいやでも意識しているはずである。わかっていながら、なおかつ少しも改めようとはしない。それどころか逆に、組織支配を強化しようとしている。この偽善者的な頑なさこそが彼らの最大の問題点であろう。

(3) 神の義認に道を譲る

ものみの塔協会の過ちを繰り返さないためには、「神の義認、天の義認」を全面に出す必要がある。組織の義認(カリスマ的な指導者の場合は人間による義認、超理念的な宗教の場合は教義のみによる義認)の弊害を防ぐには、こうした体質を持つ教団ができるだけあいまいにしようとしてきた部分を、末端の成員にもはっきり理解できるように可能な限り明確にして行かなければならないと思う。

《天の義認の位置付け》

ものみの塔協会の場合は基本的には「天の義認」を教えながら、すべてがあやふやでハッキリしていない。何が天の義認なのか、制度的に天の義認をどう位置付けるのか、天の義認を奪おうとする企てはどのようにして防ぐのか、明確な規定は何もない。
 だから大多数のエホバの証人は、たくさんの人を組織に導いたり、多くの雑誌を配布したり、組織内の役職についたりすることが、神の祝福、すなわち義認のしるしでもあるかのように考えている。そういう面が全くないとはいわないが、神の義認の本質とは必ずしも一致しない。義認の一つの表れには成り得ても義認そのものではない。そういう錯覚を錯覚と感じなくなると、何十人もの人をキリスト教の教えに導きながら、あるいは組織内で顕著な立場にありながら、平気でウソをつく、偽証を犯すというような人が出てくるわけである。
 こうした問題を最小限に押えるには、天の義認を第一に据える必要がある。そして、理想的にはできればすべての人が「その意味」を理解しているべきである。一人でも多くの成員が「天の義認の意味するところ」を認識していれば、神の義認を奪おうとする企ては未然に防げるはずである。ものみの塔協会では、むろんそういう教育は全くなされていない。むしろ、幹部は、もちろん彼らの偽善が見抜かれては困るからであるが、その種の教育には敵対している。そうであれば、宣伝では天の義認といいながらも、結局は全部、組織の義認になってしまうのも止むを得ないであろう。
 組織の好みや都合に合わなければ、すぐに異端だ、背教だと騒ぐような組織は、非常にレベルの低い組織である。ある意味では極めて幼いともいえる。神の組織というのであれば最低でも、天の義認に道を譲るだけのゆとりを持つようでなければならないであろう。そのようなゆとりを持って、なおかつ有効に問題に対処するためには、天の義認の領域を可能な限り明瞭にすること、天が義認するかどうかを見る時間的な余裕を設定すること、成員のすべてが天の義認をしっかりと理解する教育システムが必要になる。
 このようにするだけでもかなりの程度、宗教上のつまらない争いや偏狭で排他的な態度を防ぐことができるはずである。天の義認の判定を待つ間、どうすれば平和裏に共存、住み分けができるかを工夫する程度にはなれるに違いない。

2章 統治体は非聖書的な取り決め

(1) ものみの塔協会の主張

この統治体の教理は、エホバの証人もあまりよく理解していない教理の一つである。長老たちでさえその聖書的根拠をきちんと論証できる人はそれほど多くはない。一世紀にエルサレムで開かれた会議は統治体の集まりであった、だから統治体は聖書的な取り決めであるくらいに思っている人がほとんどであろう。あとは組織に対する信用で成り立っているようなものである。

  1. 統治体は誰がどのように任命するのですか。
  2. 現代の統治体はいつから存在するようになったのですか。
  3. ものみの塔協会と統治体の関係はどうなっているのですか。

こうした質問に満足に答えることのできるエホバの証人は少ないであろう。あなたの答えの根拠は?と問われれば、・・・おそらく、ほとんどの人は返答に窮するであろうと思う。

参考にものみの塔協会の模範解答をあげておく。

  1. イエス・キリストが聖霊によって任命するのです。
  2. C・T・ラッセルの時代からです。
  3. ものみの塔協会は統治体の用いる法人組織です。

「最初はものみの塔協会しかなかったのではありませんか。どうしてキリストが統治体を任命したなどと言えるんですか。統治体が作られたのはN・H・ノアのときからではないんですか。統治体というのは協会の会長、副会長などの幹部の仮の姿でしょう。そうでなければ、どうしてものみの塔協会がすべての実権を握っているんですか。」というような質問はしない方が親切かもしれない。

《根拠は二つ》

この教義の問題点を把握するのはそれほど難しいことではない。冷静な目と心で聖書を見ればおのずとはっきりする。つきつめれば、ものみの塔協会が統治体の根拠として上げているものは、わずか二つしかないからである。中にはいろいろと複雑な論議をしたり、細かい資料を載せている記事もあるが、それらすべては論拠の貧弱さをカバーするためのカモフラージュにすぎないものばかりである。

要点は次の二つに絞られる。

  1. 字義的根拠

    「すべての教えは聖書から」ということを宣伝しているものみの塔協会にとっては、まず字義そのものの根拠が求められることになる。しかし都合の悪いことに、「統治体」という語は聖書には出てこない。この困難な問題を苦心して扱ったのが1973年2月15日号の「読者からの質問」であった。

    英語のGovern(統治)の語源はラテン語グベルナーレ、ギリシャ語キュベルナオであり、これらの語には「舟のかじを取る、水先案内をする」といった意味がある。初期クリスチャン会衆にそのような人々がいたのは間違いのないことだから、「統治体」という名称はふさわしいものであるというのがこの記事の主張である。

  2. 組織上の根拠

    多くの福音派の教会と同様ものみの塔協会も初期キリスト教は清く正しく純粋であった、後代になるにしたがってキリスト教は背教し、堕落していったという見解を取っている。組織体として見た場合、はたして初めこそ理想的であったのかそれとも幼く未完成で不完全であったのかは、見解の分かれるところであろうが、ものみの塔協会は原始キリスト教に近づけば近づくほど望ましいという立場を取っている。「統治体」という取り決めはより使徒的な在り方にかなうものであるとするのが、ものみの塔協会の主張である。

    この点について「わたしたちの奉仕の務めを果たすための組織」という本は、次のように述べている。

    「さらに多くの会衆が形成されるにつれ、エルサレム会衆にいた使徒や年長者たちは、拡大した、一世紀の国際的な会衆に対して主要な監督たちとして奉仕するようになりました。エルサレム会衆でのその立場にあって、それらの人々は、クリスチャン会衆全体のための統治体として奉仕したのです。」(p.24〜25)

    さらに「永遠に生きる」(p.195,13節)には

    「今日における目に見える、神の組織も神権的な導きと指示を受けます。ニューヨークのブルックリンにあるエホバの証人の本部には、世界の各地から来た年長のクリスチャン男子から成る統治体があって、神の民の世界的活動に対する必要な監督を行っています。」

    と記されている。

    統治体という名称は使われていないが、12使徒やエルサレム会衆の長老たちは一世紀の全世界的なクリスチャン会衆の「統治体」として働いていた、現代では神慮によってニューヨークのブルックリンにその機構が設けられたというわけである。

(2) 統治体は非聖書的

統治体の聖書的根拠は全くない。一つとして存在していない。これは完全に否定されるべき教理である。

《字義的根拠について》

この論議のからくりについては「欠陥翻訳ー新世界訳」の中で詳しく論じたので詳細は省くが、問題なのはその時代錯誤的な手法である。Governの現代の意味は「水先案内」などではなく「支配」である。単に導くのと支配には大きな相違がある。それなのに「支配」を「導く」に置き替えて、本来の意味をごまかしてしまっている。

ここで用いられているテクニックは「意味のすり替え」という詭弁の手法の一つである。字義的な根拠としてあげられているヘブライ語ギリシャ語ラテン語は、どれも直接の根拠にはなっていない。現在はもはやそういう意味がなくなっているにもかかわらず、英語のGovern(統治)の語源の一つの意味(水先案内をする)を持ってきて、現代の意味(支配する)に置き換えているのである。これは、ものみの塔協会の権威を無条件に受け入れた人以外には通用しない論法である。

おそらく心の中では、彼らは導くよりも支配したいのであろう。だからこそ「統治体」という名称を選んだものと考えられる。ただ、統治体を支配機関として打ち出すには都合が悪いだろうし、非クリスチャン的だという意識も働いているだろうから、昔の意味を持ってきて取り繕う以外に方法がなかったのであろう。「私たちはエホバの証人を導くだけです」と、真実、心からそう思っているのであれば、「統治体」という名称を採用することなど有りえないわけで、もっと「導く人々」にふさわしい名称が選ばれたはずである。ところがそうではなく、ものみの塔協会の幹部は「統治体」という名称を好んで選んだ。そこに彼らの本心が現れているとしか考えようがない。

統治体はその名のとおり「支配機関」そのものであって、キリストの精神に違反した非聖書的な取り決めである。神の家の中で支配者になろうとするのはサタンの業にほかならない。

《西暦1世紀のエルサレムには統治体は存在しなかった》

統治体を現代の意味通り支配機関として考えるならば、無条件に原始キリスト教に統治体なる取り決めはなかったといえる。クリスチャンにとって唯一の指導者はイエス・キリストに他ならないわけだから、指導者よりも上位に位置する支配者など受け入れられるはずがなかったからである。キリストを超えてクリスチャンを支配しようと企てる者は、すべて背教者、サタンの使徒であった。

では一歩譲って、統治体を「指導機関」と仮定してみたらどうなるであろうか。確かに使徒たちが指導の任を果たしたのは事実である。様々な問題を決定したり、長老や監督を任命したり、特別の任務である人を派遣したのも事実である。しかし、それでもエホバの証人の統治体に相当するような組織体は、やはり存在しなかったと断言することができる。一世紀当時の組織のシステムは、その形態や在り方が統治体とは全く異なっていたからである。

なぜ、そのように断定できるのかといえば、理由は以下に見る通りである。

  1. 統治体の決定、統治体の任命、統治体の派遣といった記述は聖書中に一か所もない。

    たとえ名称が異なったにしても、もし「統治体」に相当するような組織体が構成されていたのであれば、一つの組織体として意思表明をしている箇所が少しはあってもいいはずである。ところが、聖書中にはそのような記述は一か所もないのである。

    使徒パウロの手紙全体を調査しても、彼が何か地上の一つの組織体の一員、ないしはその代表として指示しているようなところは全くない。手紙の形式はすべてパウロ、テモテ、シルワノといった個人名ないしは連名で発送されている。パウロはキリストに遣わされた使徒として行動している。どこにも組織の署名や肩書きなど見当たらないのである。これはパウロの手紙だけでなく、ヨハネやペテロの手紙等についても言えることである。

  2. コリント会衆で大きな分裂騒動があったが、「統治体」はどこにも登場していない。もし統一的な組織体が形成されていたのであれば、このような重要な問題で何もしないというようなことは有り得ないはずである。

    その時の状況について使徒パウロは、コリント第一1章11,12節に次のように記している。

    11 私の兄弟たち、実はあなたがたの間に争いがあると、クロエの家の人たちから知らされました。
    12 あなたがたはめいめい、「わたしはパウロにつく」「わたしはアポロに」「わたしはケファに」「わたしはキリストに」などと言い合っているとのことです。
    (新共同訳)

    コリントの人々にあてたパウロの書簡は、単なる私的な性質の手紙ではなく、分裂その他の様々な問題を扱った公的な性質のものであった。そうであればなおのこと、もし本当に、ものみの塔協会の主張するように「統治体」なるものがあって全世界のクリスチャンを指導していたのであれば、誰か一人くらいは「わたしは統治体に従います。皆さん、統治体の指示を仰ぎましょう」といってもよさそうなものである。しかし、パウロの記述から明らかなように、そのような発言をした人は一人もいなかったのである。

    ものみの塔協会は、パウロとケファ(ペテロ)があげられているではないかと反論するかもしれないが(ものみの塔協会はパウロとペテロが「統治体」の一員であったと教えている。もっともパウロについては統治体の成員と断定すると困った問題が生じるので幾分揺れているようではあるが)、それは少しも「統治体」存在の証拠にはならない。なぜなら、彼らは「統治体」のような組織の代表者としてではなく、パウロ、ペテロという個人として登場しているからである。

    また、この問題に対するパウロの指示も統治体の存在を否定するものである。彼は「統治体の指導に従うように」などとは一言も述べていない。そうではなくて、すべてのクリスチャンはイエス・キリストに固く付き従うべきであると、勧めているのである。

  3. エルサレムで指導的な立場にいたのは、ヤコブ、ペテロ、ヨハネであって「統治体」という組織体ではなかった。彼らは全世界のクリスチャンに対する統一的な指導権を有していたのではない。パウロは彼らとは異なった路線を歩んでいたと考えられる。

    この点は次の聖句に明確に示されている。

    「また、彼らはわたしに与えられた恵みを認め、ヤコブとケファとヨハネ、つまり柱と目されるおもだった人たちは、わたしとバルナバに一致のしるしとして右手を差し出しました。それで、わたしたちは異邦人へ、彼らは割礼を受けた人々のところに行くことになったのです。」(ガラテヤ2:9 新共同訳)

    「世界大百科事典ーキリスト教会の発展史」平凡社(p.56)は

    「彼らは初め必ずしもユダヤ教に反対せず、むしろその戒めと道徳的規範とに従ったが、イエスの信仰を中心として共同生活を行い、一致して義と愛とを実践し、互いに助けささえて独自の団体をなした。これが原始教会(初代教会ということもある)と呼ばれる集団で、イェルサレムから始まりしだいに広まり、独立した教会をなしたものもあったが、ことにシリアの首都アンティオキアではユダヤ人以外のいわゆる異邦人をも交えた団体が形作られ、ここにユダヤ的律法に制約されない、すなわち純粋に信仰のみによって結ばれた新しい教会形態が始まった。」(下線は発行者)

    と記しているが、これが普通の考え方であろう。つまり、ある程度互いに独自の路線で歩んでいたので一致の確認が必要になった、神がそれぞれに恵みを示してくださっていたので互いにそれを確認しあったのだと。

    さらに「原始キリスト教」(マルセル・シモン著 p43,44−45,103)には次のように記されている。

    「彼らは共同体的生活を送っていたらしい。使徒行伝に描かれている(二・四四、四五)集産主義体制と理解されるものは、おそらく拡大した教会というよりは、むしろこの小集団のことであろう。このガリラヤ人の小集団に、イエスによってエルサレムで加えられた弟子たちを足したにしても、最初の集団としては一二○人という数字が(使徒行伝一・十五)真実らしさの限界であろう。この集団の指導層には使徒団が、とくにパウロが「柱」と呼んだ(ガラテア書二・九)ペテロ、ヨハネ、それに主の兄弟のヤコブ、この三人から成る三頭政治が目立っていた。使徒行伝もこの三人には、とりわけ重要な位置を与えている。
    ・・・・十二弟子は何よりもまず、エルサレムの教会、およびはやくからパレスチナに設立されたその枝教会の、霊的な指導者であって、はじめは定住していた(ガラテア書一・二二、使徒行伝九・三一)。彼らの権威、また彼らを通しての母教会の権威は、改宗したユダヤ人のみならず、後にパウロ書簡が証しているように、異邦のキリスト教徒にまで及んだのであった。十二弟子と教団とのスポークスマン格は、ある時はペテロ、ある時はヤコブであった。ヨハネはこのふたりのどちらにも従属した位置にあったようである。使徒行伝は十二弟子とならんで、長老の名を挙げている(十四・四以下)。権限の配分が両者の間にどうおこなわれたか、正確には分かっていない。少なくとも長老が十二弟子の下にあったことはあきらかである。おそらく長老の権威は厳密に局部的なものであり、管理職的なものであっただろう。
    ・・・・エルサレム教会は、使徒の段階でも、王朝の段階でも、堅固な構造を保っていた。ヘレニストの伝道に続く、ペテロ、ヨハネのユダヤ、サマリヤ地方巡回視察(使徒行伝八・九)、ペテロのアンテオケその他の地への伝道旅行、パウロが伝道していく先々で組織的に整然となされたユダヤ教化の反宣伝等々は、はじめ異邦人伝道にかなり消極的でありながら、形成期のキリスト教界全体を自分の権威下に置いて、思うままに形づくろうとするエルサレム教会の意志を、はっきり示したものであった。
    それにくらべてパウロ教団の組織は、はるかにゆるやかなものであったようである。十二弟子は霊的な職分のうち、枢要なものは自分たちの手に集中させていたらしいのに対し、パウロ教団では、専門的に分化させていったことがわかる。」

    エルサレムの代表者たちとパウロが協約を結ぶには、それなりの背景があったと考えるのが自然である。

  4. エルサレムはエホバの証人の統治体が置かれているニューヨーク、ブルックリンに相当するような場所ではなかった。使徒たちは一か所に常駐しているのではなく、多くの場合分散していた。彼らはブルックリンの「統治体」とは異なり、常時連絡を取り合いながら組織運営を行っていたのではない。

    《主な使徒たちの足跡および消息》

    ヨハネ

    使徒行伝に彼はあまり登場しない。神殿での奇跡(使3)、サマリヤびとへの聖霊降臨(8:14〜25)の時登場するが、いずれもペテロのわき役としてである。・・・伝承によると、後年のヨハネの舞台はエペソである。・・・・AD60〜65年パウロ、テモテ、テトスが死に、AD70年にエルサレムが陥落して、キリスト教の中心は小アジヤに移った。異端との激しい戦いが生じたのも小アジヤであった。このような事情がヨハネをエペソに行かせたのであろう。やがてそこでヨハネによる福音書および書簡が書かれた。エウセビオスによれば、彼はドミティアヌス帝即位15年にパトモス島に流され、ネルヴァ帝の治世の初めに釈放されてエペソに帰った。その間に黙示録を書いたとも言われている。彼はAD100年ごろ死んだと思われる。イレナエウスによると、ヨハネはトラヤヌス帝の治世までエペソに住んでいたと言われる。(「いのちのことば社 聖書辞典」p.730)

    ペテロ

    ペンテコステの聖霊降臨に続く大説教(使徒2:14〜36)に始まって、原始教会の活動の中心がエルサレムからアンテオケに移るまで、ヤコブ、ヨハネと共に、教会指導者として最も重要な役割を果たした。・・・・・エルサレム会議ののち、彼の名は使徒行伝の歴史から消え、無割礼の者への使徒パウロ(ガラ2:7)が大きく登場する。割礼ある者への使徒ペテロ(2:7,8)の書簡によって知られる足跡は、アンテオケ(2:11)、おそらくコリント(Tコリ1:12)、またバビロン(Tぺテ5:13)と、わずかに知りうるだけである。彼の死については、主イエスの預言(ヨハ21:19)以外に、聖書にしるされていない。(「いのちのことば社 聖書辞典」p.600)

    推測の域を出ないが、ペテロが会議に参加した背後にも、アンテオケ側の働きかけがあったのかもしれない。というのは、アグリッパ一世の時の事件以来、彼はもはやエルサレムに常駐してはいなかったと思われるからである。使徒行伝十二・一七は、彼はこの事件をきっかけに「他の場所へ出て行った」と伝える。エルサレム会議の席上では、ペテロにユダヤ人伝道が委託されていることが周知の前提とされている。(ガラテア2:7,8 参照)会議の後も彼はエルサレムにとどまっておらず、間もなくアンテオケ教会を訪れている(ガラテア2:11、その他、Tコリント9:5を参照)。これらの点を総合するならば、彼が会議の時にエルサレムにいたのは、むしろ例外的であったという感じがする。彼はエルサレム教会関係の有力者の中ではアンテオケで進行しているような事態に最も理解のあるはずの人物ということで、アンテオケ側の慫慂(しょうよう)でこのとき会議のために特別に上京したのではなかろうか。(「使徒パウロ」佐竹 明著 p.128−129)

    ヤコブ

    彼はエルサレム教会が組織された最初から、その教会の最も重要な地位、おそらく牧師であったろう(使徒12:17,15:13,21:18, ガラ1:19, 2:9,12)。彼のことを、4世紀の教父エウセビオスは、「義人ヤコブ」と呼んでいる(教会史2:23)。このヤコブについては、使21:18以降には何も述べられていない。おそらく殉教の死を遂げたのであろう(古代史、教会史) (「いのちのことば社 聖書辞典」p.693)

  5. AD70年のエルサレム滅亡後、「統治体」にあたるような組織体が編成されたというような記録は全くない。  その後の歴史が示しているようにエルサレムは次第に重要性を失ってゆく。聖地としての価値は別であるが、組織上は帝国の首都である関係もあってローマが徐々に台頭してくる。それでもすぐにローマがキリスト教の統一的な中心地になったわけではない。アンテオケ、エペソ、アレクサンドリアなどが一大中心地として栄えていた時代があったことは、よく知られている事実である。

《エルサレム会議》

ものみの塔協会が「統治体」の聖書的根拠としてあげる最大のものは、使徒15章に記されているエルサレム会議である。ほとんどこれ以外にはないといってもよい。割礼の是非をめぐる論争によって開かれたこの会議が、ものみの塔協会によれば「統治体」の会議であったということになっている。

はたして本当にそうであろうか。ものみの塔協会のように、統治体は存在したと決めてかかって論議を組めば、確かにそのようになるかもしれないが、しかし、この会議については全く逆の見方も成り立つのである。つまり、「統治体」に相当するような組織などなかった、だからこそ開かれた会議である、統治体があったならあのような会議は開かれなかったはずであると。

ガラテアへの書簡やその他のパウロの手紙と使徒行伝を突き合わせて考えてみると、証拠は圧倒的に「統治体などなかった」という結論に有利である。

この会議については、次のように考えるのが自然であろう。

「まず、会議が開かれるに至った動機であるが、直接のきっかけとなったのは、エルサレムの教会と何らかの形で関係のある人々が、パウロたちの活動しているアンテオケ教会に来て、異邦人でキリスト教信仰に入る者に割礼(六四頁を参照)を施すことを要求したため、混乱が生じたという事情であった。この人たちは、キリスト教はユダヤ教の枠内にあるとの理解に立っていたことになるが、これはその当時にあっては特に異とすべき考え方ではなかった。
しかし、アンテオケ教会ーその指導者たちはやはりユダヤ人であったがーの見解は、これとは異なる。それは、異邦人は異邦人であるままキリスト教信仰に入ることができるとし、またそれに従って実際に事を運んできていた。・・・アンテオケ教会、とくにその指導者たちにとっては、ユダヤ主義者たちの言いなりになることは、先に述べたような彼らの信仰理解、またそれに基づく今までの実績から考えて、もちろん論外であった。しかし他方、このユダヤ主義者たちの影響を自分たち自身で排除することも、彼らにはできなかったようである。アンテオケ教会は、それとは別の道を選んでいる。すなわち、教会はその最高指導者であるバルナバとパウロとをエルサレムに派遣し、ユダヤ主義者たちが自分たちの背後にあるとしているエルサレム教会の指導者たちに会って、自分たちの福音理解と宣教活動の実際とを伝え、彼らの理解を求めさせたのであった。」(「使徒パウローエルサレム会議」佐竹 明著p.122,123)

この本の指摘道り、エルサレムとアンテオケは互いに、ある程度異なった路線、独自の路線を歩んでいたと考えられるのである。

エルサレム教会では、割礼を始めとするモーセの律法を守ることが普通に行われていた。しかし、アンテオケ教会ではそうではなかった。多くの異邦人が割礼やモーセの律法には関係なく、クリスチャン会衆に受け入れられていたのである。

言うまでもなく、この相違は割礼の論争が起きてから生じたものではない。相違があったからこそ論争が生じたのである。エルサレム会議に集まった人々は、今後そういう状況が出てきたらどうしようかという視点で、論議をを交わしているのではない。また、アンテオケに行って割礼が必要だと唱えた人々は、偽兄弟とか背教者と呼ばれたわけではなかった。

そうであれば、この会議は「統治体」存在の証拠ではなく、逆に「統治体」などはなかったという強力な証拠になる。というのは、もしエルサレムを中心とする組織上の絶対権を持つ「統治体」が存在していたのであれば、そもそもこういう論争など生じなかったはずだからである。エルサレムからの指示に異議、異論を唱える者はすべて、ものみの塔協会で行われているように、背教者として処分されていたであろうし、統治体間で見解の統一がなされていなかったということも有り得ないからである。

最後に、次の点を付け加えることができるであろう。ブルックリンの統治体の会議ならば、誰がどういう発言をしたのかどういう経緯で物事が決まったのか、末端のエホバの証人には知る由もないということである。自分たちの生活そのもの、時には命に関わるようなことが、実質的にはほとんどものみの塔協会の幹部によって、形式的には統治体の投票で決められているなどとは、エホバの証人は全く知らないのである。

しかし、すべてではないにしても、エルサレム会議の場合は、論議の様子やどのようにして決着したかが報告されている。この違いの意味するところは決して小さくはない。

《三人の君主》

この「三人の君主」という見出しは、かつて統治体の成員であり、現ものみの塔協会の会長、F・W・フランズの甥にあたるR・V・フランズ兄弟の著書「良心の危機」の3章「統治体」の中に出てくるものである。

彼はクリスチャンとしての良心の危機を迎え、主イエスに対する信仰から統治体を去ったそうである。私たち同様、彼もすべてのエホバの証人との接触を禁止されている。もちろん、この本はエホバの証人の中では禁書になっている。

R・V・フランズ兄弟によると、三代目の会長、N・H・ノアが統治体なる取り決めを発表するまでは、統治体というものは存在しなかったという。

ラッセルの時代は、彼が組織内のすべての権限を握っていた。1923年3月1日号のものみの塔誌(英文p.68〜71)には、「ラッセルの教えや方法に対する従順は、主のご意志に対する従順と同じである」とする「忠節の試練」と題する記事が掲載されたとのことである。加えて、同記事は、C・T・ラッセルを主イエスの財産の「支配者」と述べていたそうである。

この点を証しする日本語の出版物としては、「1976年の年鑑」(p.113)をあげることができる。そこには、A・H・マクミランの語った次のようなことばが記されている。

「『つまり、ラッセル兄弟は支配的な投票権を持っていて、いろいろな役員を任命しました。・・・』」

二代目の会長に就任したラザフォードは、ラッセルと同様の権力を掌握しようとして、敵対する者をすべて組織から追い出そうとした。そのために、彼は外部の弁護士と協議することまで行ったそうである。企ては成功し彼は組織の実権を握る。

ラッセル、ラザフォード、宣伝では主の羊を管理するためイエス・キリストに任命された統治体の成員、しかし、実質は支配権を行使する「君主」だったというわけである。

N・H・ノアは統治体を作ったのであるが、組織の体質はラッセル、ラザフォードの時代と少しも変わらなかったという。統治体で討議する議題とその結論は、会長であるノアが副会長のF・W・フランズと協議してすでに決定済みであったという。つまり、統治体は単に追認討議をしていたにすぎないというわけである。

N・H・ノアは巧妙に統治体というクッションを設定したわけであるが、しかし、組織上の実権のすべてはN・H・ノアがしっかり握っており、実態はそれまでと少しも変わらなかったのである。統治体の成員というのは表看板にすぎない。実質は、彼もまた協会の会長として支配権をふるう「君主」だったのである。

ものみの塔協会には「統治体」などは存在しなかった。「三人の君主」がいたにすぎない。なぜなら、一人の統治体というのはありえないからだと、R・V・フランズ兄弟は記している。

3章 忠実で思慮深い奴隷級

(1) 忠実な家令とは

弟子たちに再臨と終わりの日のしるしについて尋ねられたとき、イエス・キリストは数多くのしるしについて語られたが、そのなかの一つに「忠実で思慮深い奴隷」(新世界訳)「忠実で賢い僕」(新共同訳)に関する記述がある。

《キリストが任命する》

主イエスは再び戻られるとき、ご自分の家を管理するよう「思慮深い奴隷」を任命することになっている。この任命の時は、神の家の者たちにとっては清算の時ともなる。

次に引用するのはマタイの聖句であるが、この部分に相当するルカの福音書の平行記述(12:42〜48)では、「奴隷」が「家令」(新共同訳では「管理人」)、「召使い」が「従者団」(新共同訳では「召使い」)になっている。

ここで銘記しておかなければならないのは、この奴隷(家令)はキリストによって任命されるという点である。自分で勝手に「わたしがその者です」などと宣言するのは実に僭越なことである。そういうふうに言いたがる人はだいたい偽物と考えてよい。キリストによって本当に任命されたのであれば、人間の信任状はいらないからである。

教理への直接の影響はないが、48節の「そのよこしまな奴隷」という新世界訳の翻訳は少々変である。46節の良い奴隷に「その奴隷」という表現を使っているので、よこしまな奴隷にも「その」をつけると、両者がオーバーラップしてしまうからである。

次のような訳であればまったく問題はない。

「ところが、それが悪いしもべで、『主人はまだまだ帰るまい。』と心の中で思い、」 (マタイ24:48 新改訳)

《論議を呼ぶ教理》

この「忠実で思慮深い奴隷」に関する教理は、クリスチャンにとって非常に重要な教理であると同時に、しばしば厄介な問題を引き起こしてきた教理でもある。

悪いしもべのような指導者層の人、中でもトップクラスの人々は、この教理を信徒の支配に利用してきたからである。新たなキリスト教の運動を起こした人々の間では、いろいろと物議をかもしてきたという歴史的な背景もある。

この教理が大いに問題となるのは、任命された良い僕にキリストが「全財産を委ねる」と述べているからである。

すべての財産を委ねられる賢い僕と悪い僕を見分け損なうと、一般信徒にとっては大変なことになる。悪い僕は偽善者と同じ運命をたどると、宣告されているからである。そういう人について行きたいと思う人は誰もいないだろう。

トップにとって、この教理の利用価値は極めて高い。私がその忠実な家令です、私たちにキリストは全財産を預けましたと主張して、成員にそのように教え込んでしまえば、その人あるいはその組織体は独裁権を有することができるからである。幹部はこのことをよく知っている。だからこそ「忠実な家令は誰か」という問題は即、権力闘争と結びついているのである。

ものみの塔協会ではC・T・ラッセルの死亡後、その後継者を巡る紛争が生じたとき、「忠実で思慮深い奴隷はいったい誰か」という論争が起きている。後継者を巡る争いは同時に家令はだれかという争いでもあったのである。

《ものみの塔協会の二面性》

C・T・ラッセル本人は、誰が忠実で思慮深い奴隷かという問題について、どのように考えていたのであろうか。組織の宣伝では次のようになっている。

「忠実で思慮深い奴隷」もしくは「忠実(まめやか)にして慧(さと)き僕(しもべ)」(文語)がだれかを見分けることは、その頃きわめて重要な事がらでした。それよりずっと以前の1881年にC・T・ラッセルは次のように書きました。「キリストの体の各成員は、信仰の家の者に時に応じて食物を与えるという祝福されたわざに、直接また間接に携わっている、とわたしたちは信じます。『主人が時に及びて食物を与えさする為に、家の者のうえに立てたる忠実(まめやか)にして慧(さと)き僕は誰』でしょうか。それは、献身の誓いを忠実に遂行している献身したしもべたちの『小さな群れ』、すなわちキリストの体ではありませんか。また、大ぜいの仲間の信者である家の者に、時に応じて食物を与えている、個人的また集合的な体全体ではないでしょうか」。
ですから、霊的な食物を分け与えるために神が用いておられた「奴隷」はひとつの級であることが理解されました。しかし、時がたつにつれて、多くの人々は、C・T・ラッセル自身が「忠実にして慧き僕」であると考えるようになりました。そのために、ある人は被造物崇拝のわなに陥りました。そうした人々は、神がご自分の民に啓示するのをよしとされるすべての真理はラッセル兄弟を通して示されたのであり、それ以上のことは何ももたらされ得ないと感じました。アンソニー・ポッゲンジーは、「そのため、ラッセルの業績に固執することを選んだ人々が大いにふるい分けられました」と書いています。ラッセル自身が「忠実にして慧き僕」であるというその誤った考えは1927年2月に一掃されました。 (「1976年エホバの証人の年鑑」p.88−89)

ラッセル自身は自分を「忠実な奴隷」だとは主張していない。彼はそうは言わなかったのであるが、「ある人々」がラッセルを「忠実で思慮深い奴隷」にして、人物崇拝のワナに陥ったのである。問題なのは騒いだ人の方であって、組織に責任があるわけではない。すでにラッセルの時代から「忠実な奴隷」は一つのクラス、小さな群れであるというような見解が出されていたのだから、これがものみの塔協会の説明である。

こういう記述だけを読んでいると、組織には少しも問題がなかったかのような印象を受けてしまうが、どうやら真相はかなり異なっていたらしい。

R・V・フランズ兄弟によると、「終了した秘義」と題する本は、C・T・ラッセルが「忠実な奴隷」であることを強調していたとのことである。さらに、1922年3月1日号(p.132、英文)のものみの塔誌も同様の考えを支持し、真理はラッセルを通して啓示されたこと、エゼキエル9章に記されている書記官はラッセルに他ならないことを力説していたそうである。

おそらくこれはどちらも本当のことであろう。ものみの塔協会の必然性を際立たせるには、C・T・ラッセルが忠実で思慮深い奴隷であった方が都合がよい。すべての人は「主の僕であるラッセル」の管理を受けなければならない、そうしなければキリストの是認を得ることはできません、ということになるからである。ただ、ラッセル自身としては、自らそのことを強調するのは憚られたのかもしれない。しかし、暗黙のうちに組織内にはそのことを承認するような雰囲気があったのであろう。ラッセル自身も積極的にはそれを否定しようとしなかったようである。そうでなければ、彼を「忠実な僕」とするような出版物が出ることもないだろうし、ラッセルの遺言、遺訓なるものが今日でも権威を持つことなどなかったはずだからである。

小さな群れ全体が「忠実な僕」というのは、カトリックの教階制度を背教のしるしと攻撃しているものみの塔協会にとっては、組織に役立つ宣伝の一つであったと思われる。しかし、これはこれで、内部で一つの困った問題を生じさせることになる。すべての人が管理できる、誰でも管理者になれるということになれば、ものみの塔協会の権威が宙に浮いてしまいかねないからである。加えて、自分こそ「その奴隷」になるべきだと考える人は、組織内の支配権を得ようとして権力争いを引き起こすことになる。事実、ラッセルの死後、ものみの塔協会内では激烈な後継者争いが起きている。

組織としてはどちらの事態も困るであろうから、両方の見解の間でポリシーが揺れ動くことになるのであろう。内部向けにラッセルの後継者であることを強調しなければならないときは、「ラッセルが忠実な家令」ということになる。逆に、ものみの塔協会は単にラッセルという人間の組織にすぎないのではないかと非難されると、「いや、そんなことはありません。組織は神のものです。ラッセルは小さな群れという忠実な奴隷の中の一人にすぎません。いかに彼が神に重く用いられたからといって、組織は彼のものではありません」ということになるのであろう。

(2) 忠実な奴隷は14万4千人

現在のエホバの証人に「忠実で思慮深い奴隷は誰ですか」という質問をすれば、ほとんど反射的に「それは「14万4千人の残りの者です」という答えが返ってくるはずである。おそらくは、残りの者すら省いて単に14万4千人と答える人の方が多いかもしれない。ただ、正確には「残りの者」をつける必要がある。「忠実で思慮深い奴隷」の任命はキリストの再臨のしるしだからである。

《明確な根拠はない》

直接の問いに答えることはできても、どうして忠実な奴隷は14万4千人といえるのか、聖書からその点をどのように論証するのかということになると、エホバの証人もはなはだ怪しくなってしまう。というのはこの教理も、明白な聖書的論証に立脚しているというよりは、どちらかといえば「統治体」の教理同様、組織の権威で成り立っているようなものだからである。

エホバの証人の基本的なテキストとなっている「あなたは地上の楽園で永遠に生きられます」をみると、その点がはっきりする。

イエスは、ご自身が王国の権を執って臨在される時のことを告げるにあたって、次のように言われました。「主人が、時に応じてその召使いたちに食物を与えさせるため・・・・自分のすべての持ち物をつかさどらせるでしょう」。(マタイ24:45−47)キリストは、1914年に王国の権を執って戻られた時に、「忠実で思慮深い奴隷」級が霊的な「食物」すなわち情報を与えているのをご覧になったでしょうか。ご自分の14万4000人の「兄弟たち」の中の、地上に残っている者たちで成るそのような「奴隷」を、キリストは確かに見いだされました。(啓示12:10;14:1,3)そして1914年以後、幾百万もの人々が彼らの供給する「食物」を受け入れ、彼らと共に真の宗教を実践するようになりました。神の僕たちのこの組織はエホバの証人と呼ばれています。(p.193,194)

読んでみると明らかなように理由は全く説明されていない。ただ、忠実で思慮深い奴隷は14万4千人の残りの兄弟たちであると述べられているにすぎない。あげられている聖句は根拠としてではなく、単にそういう言葉が出てくるという程度のものにすぎない。なぜマタイの「忠実で思慮深い奴隷」と啓示の「14万4千人」が結びつくのかという説明は全くなされていない。

《忠実な家令はなぜ14万4千人か》

新しいエホバの証人がよく知らないのももっともで、最近の出版物には論議と言えるほどのものはほとんど見当たらない。この問題を扱った資料を見い出すにはかなり前にさかのぼらねばならない。

簡潔にまとめられているものとしては「聖書理解の助け」がある。この本の562ページには基本的な考え方が比較的わかりやすく説明されている。もっと詳細に論じたものは「神の千年王国は近づいた」である。その本の339から366ページには、マタイ24章45〜51節の解説が載せられている。

そうした資料から、ものみの塔協会の論旨を簡単にまとめてみると以下のようになる。

(3) 忠実な家令=14万4千人説の矛盾

あらかじめ正当化したい考えがあり、それを何とか論証しようと聖書を探し回って教理を作ると、どうしても無理が生じてくる。時間の経過とともに矛盾が明らかになってくるし、現実とも合わなくなってくる。質問や批判を抑えようとすれば、やがては強権発動をしなければならなくなる。現在ものみの塔協会が陥っている事態の背景には、こうした教義作りの在り方が本質的な問題として横たわっている。

普通、虚心な聖書研究からは、そういう矛盾に満ちた教理は生まれてこない。仮になんらかの矛盾点が指摘されたにしても、改めるのにそれほど困難を感じることはないからである。ところが、ものみの塔協会のように組織の「ポリシー(政策)」で教義を決定するとなると、そうはいかなくなる。組織の権威や面子が関わってくるので、簡単に認めることができなくなるからである。この忠実な家令=14万4千人説もそういう教理の典型的な一つであろう。

《家令と従者団が同じ?》

最近学んだ人の中には、本当にものみの塔協会はそういうことを教えているのだろうか、と疑問に感じる人もいると思うので、最初にその証拠をあげておく。この点に関する最新の記事は、1982年1月1日号のものみの塔誌に載せられたものである。

その第一研究記事(p.21,9節)は

「したがって、神の霊的な子らである14万4千人は『従者団』を構成し、主人である主イエス・キリストは、その上にたとえ話の『家令』を任命されます。」

と述べ、従者団=14万4千人であるとはっきり断言している。

さらに、同記事の22ページ11節には

「『家令』は、霊的イスラエルの『小さな群れ』を、『主人』であるイエス・キリストの、献身しバプテスマを受けた弟子全体を表しています。」

と記されている。

「小さな群れ」とは天に行く14万4千人のことなので、「家令」も14万4千人ということになる。すなわち「家令」=「従者団」=「14万4千人」である。

この論議で真っ先に問題となるのは「家の者(従者団)とその家の者を管理するよう任命された者(家令)が同じなのか」という点であろう。普通の感覚で考えれば誰でもおかしいと思う。会社で言えば、平社員と社長が同一人物だというのと同じことだからである。通常こういうことが成り立つのは、社員一名の会社しかあり得ない。ところが、神の家には少なくとも14万4千人もいるわけだから、忠実な家令=従者団=14万4千人というのは、どう考えても不自然だといわざるをえない。

この点の説明にはものみの塔協会もかなり苦労しているようで、最近十年間の出版物の中にはこの問題を扱ったものは見当たらない。一番新しい資料で1975年4月15日号のものみの塔誌になる。

その号の238ページには、農場の例えが用いられており、次のように説明されている。

なかには、「『召使いたち』で成る『奴隷』が、どうしてそれら『召使いたち』を養えるのだろうか。それでは『奴隷』が自らを養っていることになりはしないか」と尋ねる人がいるかもしれません。この点は農場に引っ越す家族の例えで説明できるでしょう。そのような家族がまず第一に必要とするものの一つは食物の備えです。父親が食物を全部備えて、家族の他の成員に食べさせるのでしょうか。そうではありません。家族の成員は各自異なった務めを果たします。ある者は耕作に従事し、他の者は井戸を掘る仕事をします。種まきをする者もいれば、家畜の世話や乳しぼりの仕事をする者もいます。もちろん、ある特別の仕事は皆で手伝うことでしょう。収穫にはおそらく全員が携わるでしょう。それから女の人たちは、将来の食糧としてカン詰めを作る作業をするでしょう。また、家族のために食べ物を料理して食卓に供します。さて、一人の力ではそれほど十分の備えをすることはできないでしょう。しかし、一家全員の努力ですべての人が十分に養われるのです。「忠実で思慮深い奴隷」と全く同様、彼らは家族という一集団を成していますが、個人個人は、その家の「召使いたち」として食物を生産したり、それを供したりする働き人なのです。使徒パウロもコリント第一12章12節から27節で同様の例えとして、人体とその肢体の例えを述べています。

これはかなり苦しい論議である。確かに「食物を供給する、養う」という点だけに限って言えば一応の説明にはなっているが、厳密にはとうてい成立しえないものである。

再び、会社の例えで考えてみる。社長、専務、部長といった管理職も平社員もその会社の人間であることには変わりがない。また、それぞれの業務内容が異なっても、全員その会社の仕事に携わっているのも確かである。しかし、同じ組織に属し、共通の業務に従事しているからといって、平社員と管理職が「同一人物である」ということにはならない。

この点は組織の構成単位が農場や家になっても全く同様である。確かに、全員が農場ないしは家の成員ではある。しかし、全員が同時に管理職につくことはあり得ない。成員のすべてが何らかの形で仕事のある部分を管理しているといえないこともないが、それでもやはり全員が成員の上に任命される「管理者」になるわけではない。

 このように考えてみると、この農場の例えの記事はいかにもお粗末なものであることが明らかになる。最も重要なポイントである「管理権」の問題を無視しているからである。

《かしらの権》

コリント第一11章3節には、「ここであなたがたに知っておいてほしいのは、すべての男の頭はキリスト、女の頭は男、そしてキリストの頭は神であるということです。」(新共同訳)と記されている。この原則は「かしらの権」として知られており、エホバの証人の中ではかなり厳しく守られているものの一つである。

エホバの証人の社会では女性が神の家の管理職に就くということは絶対にない。もっとも、兄弟が一人もいない会衆や群れの場合は例外であるが、それでも正式な役職への任命ではない。

それはこのコリントの聖句にある「かしらの権」の原則によるものである。普通一般の組織同様、エホバの証人の組織も実質的にはピラミッド型になっている。主な役職には奉仕の僕、長老(監督)、巡回監督、地域監督、支部委員、統治体といったものがあるが、姉妹たちはこのいずれの立場にも就くことができない。

忠実で思慮深い奴隷級の中には女性も含まれるであろうか。もちろんである。14万4千人の中にはイエスの母のマリヤやその他大勢の女性が入っていると信じられている。そうすると困った問題が一つ起きてくる。かしらの権の問題である。

神の家の者に対するかしらの権ー管理権はかしらの権の代表的なものであるーは姉妹たちにはない。しかし、忠実で思慮深い奴隷、家令は管理職を委ねられる者たちである。そして、ものみの塔協会は忠実で思慮深い奴隷、家令には姉妹たちも含まれると説明している。この矛盾はいったいどうするのであろうか。

《その他の矛盾点》

14万4千というのは中途半端な数字ではない。この数は完成されたものであり、同時に閉じられたものである。もちろん宗教的な意味においてであるが。ものみの塔協会の主張するように文字通りの数と仮定すれば、なおのことそういえる。

また、14万4千人全員がそろうにはかなりの期間がかかる。ものみの塔の教えではその期間は19世紀以上になる。最終的に完成するのはキリスト再臨後である。

忠実で思慮深い奴隷=14万4千人説は、こうした点と現実とのギャップをうまく説明することができない。

神の家に招かれた人は膨大な数に上る。何といっても19世紀以上の間である。その数は14万4千人をはるかに越えている。仮に最終的な数は14万4千人としても、ではその他大勢の人はいったいどういうことになるのであろうか。出たり入ったりして一時的にしか神の家の中にいなかった者もいるだろうが、選ばれるか選ばれないかは別にして最後まで神の家の中にいた者も大勢いるのである。

忠実で思慮深い奴隷=14万4千人説が最終的な段階、完成された時期だけを対象としているのであれば、忠実で思慮深い奴隷=14万4千人でも良いかもしれないが、しかし、ものみの塔協会の解説ではこの例え話は1世紀から20世紀まで及ぶことになっている。そうなると、神の家の者=14万4千人というのは、キリスト教の歴史的な事実に合わなくなってしまう。

さらに、小麦と毒麦のたとえ話に明示されているように、小麦(良い僕)と毒麦(悪い僕)はキリストが再臨されるまでは分離されないということも指摘されよう。それまでの長い間、小麦と毒麦は共に成長することになる。つまり、圧倒的に長い間神の家は混在状態に置かれるということである。神の家の者=14万4千人ではこの間の状況とも合わないのである。

忠実で思慮深い奴隷級に関するものみの塔協会の教理には、管理権の矛盾の他にこのような時間的な矛盾も含まれている。

最後にこの教理が間違いであることを証明する決定的な事実をあげておく。それは「忠実で思慮深い奴隷の代表であるとされる統治体が偽善的な組織であることが、天の法廷の前で立証された」ということである。偽証を犯し、天の法廷の権威を軽んじる忠実で思慮深い奴隷など、絶対に存在し得ない。

4章 天に行く人の数は14万4千人か

(1) 天に行く人=14万4千人説の根拠

天に行く人の数が14万4千人に限定されるという教えは、ものみの塔協会の大きな特徴の一つである。他にこのような教理を唱導している教団については聞いたことがない。すべての組織を調べたわけではないのでもちろん断定的なことはいえないが、これはものみの塔協会独特の教理ではないかと思う。
 天に行く人が14万4千人に限られるということは、天への救いに与る者は14万4千人しかいないということである。そのほかの人は皆、地上における救いに入れられることになっている。ものみの塔協会では、天的クラスの14万4千人はファーストクラス、あとの地的クラスの人はセカンドクラスのようなものである。
 天の方が良いかそれとも地上の方が良いかは人によって異なると思うが、いずれにしてもこれは、クリスチャンとしての救いそのものに関わる重要な問題である。

《神の計画と小さな群れ》

なぜ天に行く人は14万4千人に限定されるのか、なぜ14万4千は象徴的な数字ではなく、文字通りの数といえるのか、黙示録のイスラエルはどうして文字通りのイスラエルではなく霊的イスラエルと断定できるのか、こうした問いに明白な論拠をもって答えることのできるエホバの証人は極めて少ない。
 というのは例によって、新しい人のためのテキストには主に結論が記されているだけで、理由らしいものはほとんど扱われていないからである。それでも一応納得した気分になれるのは、部分的な論証はなされているからであろう。「永遠に生きる」や「真理」の本には、部分と全体を結びつけることのできる論議は記されていない。
 この教えの論拠になっているのは「地球や人類に対する神の目的とその中で小さな群れが占めている役割」である。この教理は神の計画と密接に関わっており、それを抜きにして論じることはできない。天に行く人の数が制限されるのは小さな群れが天に行く目的による。
 神の目的は創世記1章27,28節に次のように記されている。

「神は御自分にかたどって人を創造された。・・・神は彼らを祝福していわれた。『産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。』」(新共同訳)

神は最初の人間夫婦をパラダイスであるエデンの園に置かれた。彼らは完全であり、パラダイスで永遠に生きる見込を有していた。神の地球と人類に対する当初の目的は、「永遠に生きる完全な人間でパラダイスとなった地球を満たし、神性を完全に反映する人類を通して神の支配を行うこと」であった。
 アダムとイヴの違反により、こうした神の計画はすぐには実現しなかったが、しかし、神は決して当初の目的を放棄されたわけではない。漸進的に少しずつその計画をl進めてきたのである。
 最初に神が準備を進められたのは、完全な政府を作ることであった。そのために用いられたのがイスラエル人である。  そのことは出エジプト19章5,6節(新改訳)の中に次のように示されている。

「今、もしあなたがたが、まことにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るなら、あなたがたはすべての国々の民の中にあって、わたしの宝となる。全世界はわたしのものであるから。あなたがたはわたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる。」

この聖句には、神の政府が「祭司の王国」「聖なる国民」となることが明示されている。
 祭司の王国を構成するのが最終的にはいったい誰になるのか、その点について明らかにしているのはダニエル書である。

「私がまた、夜の幻を見ていると、見よ、人の子のような方が天の雲に乗って来られ、年を経た方のもとに進み、その前に導かれた。この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。
 しかし、いと高き方の聖徒たちが、国を受け継ぎ、永遠に、その国を保って世々限りなく続く。」 (ダニエル7:13,14,18 新改訳)

祭司の王国の支配権は「人の子のような方」と「聖徒たち」に与えられることがわかる。
 よく知られているように、人の子のような方とはイエス・キリストを指している。イエス・キリストは再三にわたって、ご自身のことを人の子と語っておられるからである。そして、聖徒たちは「小さな群れ」ということになる。

「恐れることはありません、小さな群れよ。あなた方の父は、あなた方に王国を与えることをよしとされたからです。」(ルカ12:32 新世界訳)
「それでわたしは、ちょうどわたしの父がわたしと契約を結ばれたように、あなた方と王国のための契約を結び、あなた方がわたしの王国でわたしの食卓について食べたり飲んだりし、また座に着いてイスラエルの十二部族を裁くようにします。」(ルカ22:29,30 新世界訳)

これらの聖句から、神の王国の支配権は「小さな群れ」であるキリストの弟子たちに与えられることがわかる。

《霊的イスラエル人》

かつて、C・T・ラッセルの時代には、神のイスラエルを文字通りの意味にとり、生来のイスラエル人と考えていたようである。しかし現在のものみの塔協会はそうではない。キリスト以降の神のイスラエルは霊的イスラエルである。
 律法契約下にいた生来のイスラエル人は、祭司の王国の成員を大勢供給するはずであった。ところが彼らは一国民としては、その王国の王であるイエス・キリストを退けてしまった。キリストが弟子たちと結んだ新しい契約が有効となり、律法契約は廃されることになった。イスラエルの恵まれた立場はそのとき終了したのである。
 代わりに祭司の王国の成員になるよう招かれたのは、異邦諸国民であった。使徒ペテロはこの点について次のように記している。

「しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなた方を暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。」(ペテロ第一2:9 新共同訳)

新しい契約下に招かれたクリスチャンは、真のイスラエル人を構成することになった。律法契約が有効なときは生来のイスラエル人が神の民であったが、それが廃されてからはクリスチャンが神の民になった。使徒パウロはこの点について次のように論じている。

「外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、肉に施された外見上の割礼が割礼ではありません。内面がユダヤ人である者こそユダヤ人であり、文字ではなく”霊”によって心に施された割礼こそ割礼なのです。その誉れは人からではなく、神から来るのです。」(ローマ2:28、29 新共同訳)
「しかし、神のみことばが無効になったわけではありません。なぜなら、イスラエルから出る者がみな、イスラエルなのではなく、アブラハムから出たからといって、すべてが子どもなのでなく、『イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる。』のだからです。すなわち、肉の子どもがそのまま神の子どもではなく、約束の子どもが子孫とみなされるのです。」(ローマ9:6〜8 新改訳)

内面のイスラエル人、真のイスラエル人は祭司の王国のために産み出されたクリスチャンであり、彼らは霊的イスラエルの民を構成するのである。
 普通、臣民に比べて政府の職員は圧倒的に少ない。その成員は限られた人々から構成されており、数も制限されている。神の政府、祭司の王国にもこの点は当てはまるはずである。このように推論して、神の王国の構成員について述べている箇所を聖書の中から捜した。この問題の答えは黙示録(啓示)7章と14章に見い出された。
 啓示7章3,4節には、

「わたしたちが、わたしたちの神の奴隷たちの額に証印を押してしまうまでは、地も海も木も損なってはならない。
 そしてわたしは、証印を押された者たちの数を聞いたが、それは十四万四千であり、イスラエルの子らのすべての部族の者たちが証印を押された。」

と記されている。
 新しい契約以降はクリスチャンが神の奴隷となったので、ここで述べられているイスラエルとは、生来のイスラエル人ではなくクリスチャンであることがわかる。一人ひとりに証印が押され、その数が問題にされていることから、この数字は限定されたものであることが明らかになる。したがって、この14万4千という数字は文字通りの数とみなすことができるのである。
 さらに、啓示14章1節には、

「またわたしが見ると、見よ、子羊がシオンの山に立っており、彼と共に、十四万四千人の者が、彼の名と彼の父の名をその額に書かれて[立っていた]。」(新世界訳)

と記されている。
 ここのシオンは地上のシオンではなく、天のシオンである。なぜならキリストは昇天以来、地上ではなく天におられるからであり、子羊の姿で地上のシオンに再臨することは有り得ないからである。キリストの再臨は目に見えない臨在であり、最後の到来の時にはみ使いたちと共に栄光のうちに来ることになっている。
 こうした理由により、「天に行く人は14万4千人である」と考えることができる。神の地球と人類に関する最初の目的は、このようにイエス・キリストと14万4千人からなる祭司の王国により、その王国の千年間の支配を通して実現されることになる。
 ものみの塔協会はこのようにして説明しているわけであるが、しかし、これでも問題は一つ残っている。その点を質問されると、エホバの証人は非常に困ることになる。ものみの塔協会としてはなるべく触れてほしくない点であろう。  それは、なぜ14万4千人が象徴的な数字ではなく文字通りの数といえるのかという質問である。
「イスラエルは象徴的、部族も象徴的、部族ごとの1万2千も象徴的(単なる12000ではない、部族単位である)、シオンも象徴的、子羊も象徴的、それなのにどうして14万4千だけが文字通りの数になるのですか。」
「それは天に行く人の数が限られているからです。彼らが天に行くのは王なる祭司としてキリストの千年王国に加わるためだからです。」
「数が限られているからといって、また支配者になるからといって、別に14万4千人と決まったわけではないでしょう。それでは答えにも何もならないんじゃないですか。」
おそらく返答のしようがないであろう。
 結局のところこの点は、最後には統治体に対する信仰、組織に対する信頼の問題になってしまう。
 少々長くなってしまったが、以上がものみの塔協会の神の目的を基にした「天に行く人の数は14万4千人に限られる」という教理の論旨である。
 この論議は次の二つの論点を土台としている。

  1. キリストの花嫁、キリストの体となるクリスチャンの集合体は、真のイスラエルを構成する。
  2. 14万4千人という数字は象徴的なものではなく、文字通りの数である。

この論点の一つが成り立たなくても、「天に行く人=14万4千人説」は崩壊してしまう。
 ものみの塔協会のこの教理が正しいかどうかを確かめるには、これら二つの論点の真偽を検討すれば良い。以下その点を調べて行くことにする。

(2) 黙示録のイスラエルは生来のイスラエルか

キリストと共にシオンの山に立つ14万4千人のイスラエル人は、ものみの塔協会の主張しているように霊的イスラエル人であろうか。それとも、そうではなく、これらの人々は生来のイスラエルを指すのであろうか。どうもこの問題に関しては、まだ統一的な見解はないようである。

《象徴的な解釈》

ものみの塔協会の「14万4千人のイスラエル人=霊的イスラエル、天的クラスのクリスチャン」の解釈のほかにも、象徴的な解釈としては「全キリスト者を表す」「終末時の全教会の象徴」「艱難を通過して天に移された人々」などの考え方が提唱されている。
 これらの解釈は、クリスチャンを象徴しているという点ではみな同じである。しかし、どういうクリスチャンを表すのか、すなわち、どの時節のどのレベルのクリスチャンを指すと考えるかによって、解釈は異なってくる。聖書注解者の意見は大きく二つに分かれているようである。
 新改訳、黙示録7章4〜8節の脚注には、その点が次のように簡潔に要約されている。

「ユダヤ人の十二部族から一万二千人ずつを選んだ総計であり、ユダヤ人の救われた者を指すと考える者もいるが、むしろ霊的な意味でのイスラエルととり、すべての救われた者を指すと考える者もいる。」

《生来のイスラエルと断定できるか》

そのように考える聖書注解者は多いようである。書店に出ている一般的な預言書、黙示録の解説書などは、ほとんどが生来のイスラエル説をとっている。
 ジョン・F・ワルブード著「イエス・キリストの黙示」(p.259−260)の中にその理由がわかりやすく説明されているので、その一部を以下に引用することにする。

患難時代との特別な関連において、イスラエルの十二部族が選び出されるということは「イスラエル」ということばが聖書において用いられる時には、最初にイスラエルという名を与えられたヤコブの子孫を常に指しているということの、もう一つの証拠である。ガラテア六:16も例外ではない。教会が真のイスラエルであるという広く行き渡っている考え方は、聖書のいかなる明確な言及によっても支持されておらず、イスラエルという語は、異邦人に対しては決して用いられておらず、人種的にイスラエル、あるいはヤコブの子孫である者に対してのみ用いられている。

続いてワルブードは、このような見解を支持するものとして、ウィリアム・ケリーの次の言葉を引用している。

その反面、部族の名を個々にあげて行くことは、字義的にとる以外には、いかなる意味においても矛盾がある。さらに、イスラエルの民の中の印を押された者の数と、あらゆる国民、部族、民族、国語の中からの無数の群衆との間には、言うまでもなく、明らかな、積極的な、矛盾がある。したがって、象徴的にとる説は、詳細に検討する時、不合理であるという非難を免れることはできない。なぜなら、それはこの章において明らかに対照的なものであるとされているにもかかわらず、印を押されたイスラエルと、しゅろの枝を持った異邦人とを同一視しているからである。

生来のイスラエル説の根拠として挙げられている主なポイントは二つである。その一つは、「聖書中でイスラエルという語が使われている場合、それは常に生来のイスラエルを指している」というものであり、もう一つは、「異邦人からなる大群衆と対照してイスラエルという語を用いているのだから、象徴的に解釈するのはおかしい」というものである。
 はたして、この指摘は決定的なものであろうか。ワルブードは「象徴的な解釈は、聖書のいかなる明確な言及によっても支持されておらず」と断言しているが、調べてみると、必ずしもそうだと言い切ることはできないことがわかる。なぜかといえば、やはり解釈の視点が問題となるからである。
 例えば、ガラテア6章16節「このような原理に従って生きていく人の上に、つまり、神のイスラエルの上に平和と憐れみがあるように」のイスラエルであるが、このイスラエルは生来のイスラエルではなくクリスチャンを指しているという論議も十分に成り立つ。
 前の15節を見るとわかるように、パウロがここで述べている原理とは割礼によって代表される律法の原理ではない。それは新しい創造によって現されるキリスト教の原理である。その原理に従う人とはいったい誰であろうか。それが生来のイスラエル人ではなく、クリスチャンであることは言うまでもない。さらに、この手紙はガラテヤにあったイスラエルの会堂に当てて書かれたのではなく、クリスチャンの諸会衆に当てられたものである。そうであってみれば、ここで言う神のイスラエルを生来のイスラエルとみなすのは、極めて不自然だということになる。ここのイスラエルは、生来のイスラエル人ではなくクリスチャンを指していると考えるほうが、文脈にもパウロの論議全体にもはるかに調和している。
 大群衆とイスラエルの対比については、それこそものみの塔協会の教理のような「支配者と臣民」という関係でも説明可能であろうし、あるいは「教会時代のクリスチャンと艱難後のクリスチャン」「政府の要員と職員」というような考え方もできるだろうと思う。いずれにしても、この対比は決定的な要素ではない。
 14万4千人=霊的イスラエル説も十分それなりに成立しうるし、またかなりの説得力もある。現状ではこの問題は断定し難いというのが妥当な結論であろう。
 したがって、ものみの塔協会の教理の間違いを論証する上で、この観点は不十分である。生来のイスラエル説では決定的な論証とはなりえない。事実によってはっきりと断定できるのは第二の論点である。

(3) 天に行く人は14万4千人に限られてはいない

14万4千人を集める業は西暦33年のペンテコステに始まり、1935年にはそのほとんどが終了したとされている。その年以降、神の関心は地の臣民となる大群衆に向けられ始めたことになっているからである。1935年は、ものみの塔協会では収穫の業の歴史的な転換点に当たる年とされている。
 この主張の真偽を確かめるのはそれほど難しいことではない。一世紀から1935年ころまでのクリスチャンの数を数えてみれば、それではっきりするからである。1914年当時から、わずかながら地的クラスの人もいたということになってはいるが、その数は無視しても一向に差し支えない程度のものである。
「神が偽ることのできない事柄」という本の22ページには、

「真理はそれ自体矛盾せず、事実を否定しません。それはあるがままの現実と矛盾せず、人によって別もの、まして相反するものではありません。・・・・真理は現実の事実によって証明可能です。真理は純粋で実在のものであり、現実と一致しているゆえに永続します。」

と述べられているので、「現実の事実」によって確かめるのが最善であろう。
 一世紀当時から現代に至るまでのクリスチャンの総人口を厳密に知ることはできないが、聖書の記述と歴史の文献およびものみの塔協会の出版物から、この問題に対する答えを知るには十分の情報を得ることができる。

《聖書からの情報》

使徒1:15キリストの昇天の日に120名ほどの弟子がエルサレムの近くに集まっていた。
2:41五旬節の日に3000人がバプテスマを受けた
4: 4男の数だけで5000人が信じた
6: 7エルサレムで信者が非常に増える
9:31ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤの全地で信者が増える
9:35ルダとシャロンに住む人はみな主に立ち返った
9:42ヨッパで多くの人々が主を信じた
10:44コルネリオと共にいたすべての人に聖霊が下った
11:19,21フェニキヤ、キプロス、アンテオケの大勢の人が主に立ち返った
11:24アンテオケの大勢の人が主へと導かれた
13:48ピシデアのアンテオキアの異邦人も信仰に入った
14: 1イコニオムでユダヤ人、ギリシャ人の大勢の人が信仰に入った
14:21デルベでかなり多くの人を弟子とした
16:33テアテラで看守とその家の者全部がバプテスマを受けた
21:20ユダヤ人の中で信仰に入っている者は幾万となくいる
コロ1: 6福音は世界中で実を結んでいる。

キリスト教がローマ社会全体に広まっていった結果、ユダヤ人よりも異邦人の信者の方がはるかに多くなった。ユダヤ人だけで幾万人もの信者がいたわけだから、全部のクリスチャンの数は少なく見積もっても、パウロがエルサレムに上った時点ですでに10万人を越えていたと考えられる。その後もキリスト教の拡大は順調に続いていったわけだから、AD70年のエルサレム滅亡前の段階で、すでに14万4千人をはるかに越える状況にあったと考えられるのである。

《1世紀末以降のローマ時代》

この時期に関して聖書から直接得られる情報は全くない。しかし、初期教父たちの文献やローマ側の資料から、その当時の様子を知ることができる。

第1世紀末ローマに反キリスト教的指令の発布されたとき、クレメンスの手紙によれば、宮廷に属する者からも迫害に遭った人があり、政府軍人の階級もその対象とされたらしい。ドミティアヌス帝の姻戚さえ「無神論者」の疑いを帰せられて迫害・追放を受けた者があった。トラヤヌスやマルクス・アウレリウスのごとき平和的治世の下においてさえ、イグナティオスやポリュカルポスやユスティノス等の殉教記録が残っているのは、キリスト教普及の反証と見られる。小プリニウスがビティニア州総督に赴任したとき、その地方民の大多数が「無秩序な迷信」に惑わされているのに驚き、いかに処置すべきかという方針について、トラヤヌス帝に報告しかつ指示を仰いだ往復文書が残されている。キリスト教分布の程度は地方により同じくないが、ローマの統治官をかように当惑させた地方もあったのである。(「キリスト教の源流」石原 謙著 p.80)

1世紀の末には下層階級の人々ばかりではなく、ローマの宮廷の中にもキリスト教を奉じる人が大勢いた。地方によっては住民の大多数がクリスチャンという所もあったのである。
 2世紀になるとキリスト教はさらに拡大していった。「世界の歴史5ローマ帝国とキリスト教」には次のように述べられている。

「キリスト教徒はじつに数が多くて、都市ばかりでなく農村にも、さらに草深い田舎にも拡がってい(た)」 (p.345)

「のちに二世紀の末になって『護教論』を書いたテルトゥリアヌスは、そのなかでこの事態を簡潔に、しかし誇らかにこう記している。

『ティベル川が氾濫するとき、ナイルの出水が足りないとき、雨が降らないとき、地震のとき、飢饉、悪疫が起こるとき、すぐさま人はキリスト教徒をライオンに投げよ、と叫ぶ。いったいこれだけの人数をライオン一頭に投じきれるというのか。・・・・・・われわれはあなた方によって斃(たお)されるたびごとに多数に増加する。キリスト教徒の血は種子なのである。』」(p.353,354)
「迫害の強化にもかかわらず、信徒の増大と組織の強化は着々とすすめられていた。その勢いを抑えるために、201年に出された法律は、ユダヤ教とキリスト教への改宗を極刑をもって禁ずるものだった」

さらに「キリスト教史1」(半田 元夫・今野 國雄著 p.167)は

三百年代になると、エウセビオスが「キリストの祭壇は今やすべての村々や町々にみられる」という状況になっている。・・・
 小アジアでもフリュギアのはるか北の地方で発見されたおびただしい碑文は、帝室領の田舎の人々が公然とキリスト教の信仰を表明していたことを示しており、墓碑銘に好んで描かれている鋤、鎌は、彼らの出自が農民であることを語っている。

と記している。
 この時代になると、もはやクリスチャンの数は数10万どころではない。ローマ帝国のいたるところ、その隅々までキリスト教は普及していたのである。次の図はその状況を示したものである。

大迫害前夜のキリスト教分布図 (37KB)

《暗黒時代》

この期間のカギを握っているのは、マタイ13章に記されている「小麦と雑草(毒麦)」のたとえ話である。その中で主人であるキリストは「収穫まで両方とも一緒に成長させておきなさい」と述べておられる。つまり、小麦のような真のクリスチャンも毒麦のような偽のクリスチャンも収穫の時までは混在状態にあるということである。
 やがて、毒麦が畑を覆い尽くすようになったが、この期間にも真のクリスチャンは存在した。ものみの塔協会もこの点は認めている。

《ものみの塔協会の公表した人数》

エホバの証人は年に一度「主の記念式」を開く。その時パンを食べ、ぶどう酒を飲む人が天へ行く人々で、何も食べない人が地上での永遠の命をめざす人々である。記念式のときにパンとぶどう酒に与かった人の数を数えると天的クラスの人数がわかる。
 ものみの塔協会の教理ではキリストは1914年に臨在したことになっている。収穫の時はすでに到来しているという見解になっているので、その仮定に立って人数を数えることにする。それゆえ現代のクリスチャンの数の中には、ものみの塔協会のあげる人数以外は含めないことにする。

『象徴物にあずかった人の数』
1899年 3月26日  2,501人(不完全な報告)
(「1976エホバの証人の年鑑」p.42)
1917年 4月 5日 21,274人(不完全な報告)
(「1976エホバの証人の年鑑」p.94)
1919年 4月13日 17,961人(不完全な報告)
(「秘義」p.301)
1925年 4月 8日 90,434人(これは出席者数であるがこの当時は地的な希望を持つ人は記念式に招待されなかった)
(「千年王国」p.236)
1939年 世界の伝道者数 71,509人(他の羊が集められはじめたばかりなので大多数は天的クラス)
(「自由の子」p.150)

ものみの塔協会は

「そうした集めるわざが過去18世紀余なされた後の、この二十世紀の時代までには、代わりとして用いられねばならない人々は比較的少数、あるいはごく少数しかいないはずです」

と指摘している。(ものみの塔誌1975年 2月15日号 p.120)
 ところが、少数といいながら実際は、ピーク時には何と「9万人以上」を記録しているのである。14万4千人の半分を大幅に越える数字である。これも大きな矛盾点の一つといえる。

《天に行く人=14万4千人説は成立しえない》

現実の証拠を検討してみると、どんなことがいえるであろうか。それは、あまりにもクリスチャンの数は多すぎるということである。
 天に行く人を14万4千人に限定してしまうには、天をめざした人は膨大すぎる。その数はどう少なく見積もっても何百万人にもなる。その中から、わずか14万4千人しか選ばれなかったのであろうか。神とキリストの神性からいっても、とうていそのようなことは考えられない。
 ものみの塔協会は「天と地を同時にめざすことはできません。天的希望と地的希望を両天秤にかけることはできません。最後まで天をめざした場合、片方が駄目だからといって別の方に乗り換えることができるわけではありません」と教えている。それでは14万4千人以外のクリスチャンはどうなってしまうのであろうか。
 イエス・キリストが「招かれる者は多いが選ばれる者は少ないのです」(マタイ22:14)と語ったのは事実である。しかし、それでも天をめざした人の数はあまりにも多い。キリストはまだ再臨していないわけだから(この問題は後の章で検討する)、この要素を加えると天的クラスの候補生は何千万という数字になってしまう。現実にはとうてい、天に行く人=14万4千人説はありえない教理である。
 この矛盾に対する有効な答えはない。内部向けには幾つかの解答を試みているが、立証可能な現実の証拠はない。
 例えば、ものみの塔協会は「三位一体や魂の不滅のようなバビロン的な教理を信じていた人は皆だめです」というようなことを主張してきた。これは、つまり、「背教が生じてからのクリスチャンはみな除外される。現代では、ものみの塔協会が真理を回復してからの、真のクリスチャンしか含まれない」ということを意味している。しかし、仮にそうであったとしても、ものみの塔協会だけで過半数を越えるというのは数が多すぎるのである。加えて、この主張は「ものみの塔協会の教理だけが唯一の真理である。神の組織はその他にはない」という全く立証されていないことを前提としている。とうてい成り立つような論議ではない。
 教理の異なった人を是認するかしないかは、本来、天の判断すべきことであって、ものみの塔協会の独善的な裁量で決定すべき問題ではない。論証したなら後は天に委ねるべきことである。
 もう一つの方は、組織の幹部の実態を知らない人には説得力があるかもしれない。「天へ行く人には非常に高い規準が求められる。真理を深く愛し、キリストの足跡に固く付き従う者でなければならない。彼らには不滅の命が与えられるので、絶対に不忠節にならないことが要求される。ゆえに、選ばれる人はわずか14万4千人しかいないのである」という説明である。
 しかし、この点も今や完全に否定された。レベルの高い人々の代表であるはずの統治体が、偽善者の集団であったからである。天の権威を軽んじ、組織崇拝を推し進め、聖書の原則を擁護しない人々をキリストが共同統治者に選ぶことなど絶対にあり得ない。

5章 神の組織 サタンの組織

(1) 神の組織をどう考えるか

この世には「神の組織」と「サタンの組織」以外にはない。すべての人は意識するしないにかかわらず、そのいずれかの組織に属している。中立、中間はあり得ない。唯一の神の組織はエホバの証人、その他はすべてサタンの組織、エホバの証人の伝道を受け入れようとしない者や敵対する者はすなわち神の敵、そのような人々はやがて大患難で滅びることになると、ものみの塔協会は教えている。
 この神の組織に関する教えはものみの塔協会にとって最大の意義を持つ。というのは「神の組織」という概念は、預言の解釈を含めほとんどあらゆる教理の土台になっているからである。組織の教義がエホバの証人に及ぼす影響は非常に大きい。膨大な量の規則や戒律の設定など大概がこの教理を規準として定められている。

《ものみの塔協会の最大の武器》

この教理は、統治体を始めとするものみの塔の幹部には非常に都合のよい教理でもある。格好の言い訳や口実を与えてくれるのみならず、逆に相手の方に責任を転嫁してしまうこともできる。さらに都合の良いことには、エホバの証人をものみの塔協会に引き止めておく最も強力な理由にもなる。この教理はものみの塔協会の常套手段、最後の切り札でもある。
「神の組織に敵対する者は皆サタンです。決して惑わされてはなりません。エホバは組織を確かに導いておられます。たとえ、組織に間違いや問題があっても、やがてエホバが正してくださいます。あなたは組織の中にいてその時をじっと待つべきです。組織を疑うようになりサタンのワナに陥ってはなりません」とか「組織の問題を正すのはあくまでもエホバであり、イエス・キリストです。それは神権組織を通して行われます。あなたが行うのではありません。先走ることは不信仰、不忠節の罪を犯すことであり、僭越な行為に他なりません。神を待てるかどうか、あなたの信仰が試されているのです。」という具合に用いるわけである。
 単に質問や嘆願をしただけなのに、それが彼らにとって都合の悪いものであれば、いつの間にか組織に対する反抗、先走った行為にされてしまう。あるいは、「確か最初に問題となることをしたのは組織の方だったはずなのに、それはどこかへ行ってしまい、気が付いたらこちらの方が悪いことになっていた。最後には完全に問題がすり替えられてしまっていた」というようなことになりかねないのである。この程度の欺きは狡猾な幹部にとってはたやすいことであろう。
 神の組織、神の組織とあまりに強調されるので、すでに強迫観念になっている人もいる。組織の否認は神の否認、組織の是認は神の是認である。こうなると組織は神そのものになる。
 この神の組織の教理こそ、ものみの塔協会の最大の武器といえるものであろう。

《ものみの塔協会の体質の元凶》

ものみの塔協会が外部から最も批判を受けているのは、その偽善的、排他的、独善的、秘密主義的な体質である。これは、ものみの塔の幹部と何らかの否定的な面で関わりを持つことになった人々が、一様に口にすることでもある。末端の信者がこういう一面を目にする機会はめったにない。幹部にとって都合の悪いことでもなければ、なかなか表面には出てこない部分だからである。
 好意的な人には天使の顔でも、そうでない人には不遜なもう一つの本当の顔が現れてくる。特に見切りをつけた成員に対してはそれが顕著になる。ものみの塔協会の極めて陰湿な一面が姿を表す部分である。もっとも、組織とは大概そういうものであろうが、純粋に信じていた成員ほどそのギャップに驚くことになる。
 こういう傾向はなぜか宗教組織に特に強いように思えるが、それなりの理由は確かにあるに違いない。宗教界ほど本音が建前によって、妙にゆがんでしまう世界は他にないからである。
 統治体、支部委員などの幹部はこれをいったいどのように考えているのであろうか。直接聞いてみたわけではないのでハッキリしたことは言えないが、どうも反応からするとあまり問題意識は持っていないようである。目をつむっているのか、どうしようもないと思っているのか、そういう体質の方がむしろ性にあっているのか、それはわからない。もしかしたら意外と第二の顔は本人の自覚に上らないのかもしれない。進歩した人は二つどころか幾つもの仮面を持っているであろうし、真剣な人ほど「好意的でないものは皆サタン」と本気で信じてしまうわけだから、どうしようもないのかもしれない。
 ともかく、ものみの塔協会の体質、大多数の幹部の高姿勢で尊大な態度の元凶になっているのはこの教理である。もっとも、公的な場では彼らは気持ちが悪いほどていねいだし、概して組織の代表者は姉妹たちには親切であるが。ものみの塔協会の改善は(それが可能であればの話だが)この教理の改正なくしてはあり得ない。真理の組織だというのであれば、まず真っ先にこの教理から正すべきであろう。

《神の組織とサタンの組織の定義》

組織の定義それ自体はほとんど問題はないが、ポイントをはっきりさせるために定義の検討から始めることにしたい。最初にものみの塔協会の定義と辞書の定義を比較してみることにする。

「ある特定の仕事もしくは目的のために各人の努力が調和的に作用するようにまとめられた人々の集合体また社会集団。組織の成員は、管理のための種々の取り決め、また一定の規準や要求によって結び合わされます。献身し、バプテスマを受けて、エホバの証人となる人々は、生まれつきの関係や強制などにはよらず、個人的な選択の結果としてエホバの組織に加わります。それらの人々は、エホバの地上の組織が教えている事柄や行っている事柄のゆえに、またその組織が進めている仕事に自分も加わりたいという願いのゆえに、その組織に引き寄せられます。」「聖書から論じる」(p.293)
「(ある目標を達成するために)人または物が一定の役割や地位をもって集まり、秩序ある全体を組み立てること。また、その組み立てられたもの。」(学研国語大辞典)

組織の基本的な概念は、「取り決め」「秩序」であり、それに基づいて構成されたものが「組織」であるとする考え方には、全く問題はない。だいたいどの辞書もそういう定義になっている。
 これを基にして「神の組織」を簡単に定義してみると、

  1. 神によって定められた取り決め、または神が設けられた秩序
  2. 神の取り決めに従う人々、あるいは物

と定めることができる。サタンの組織の場合は「神」を「サタン」に変えればそれでよい。
 ここで注意を要するのは、1も2も厳密で絶対的な定義ではないという点である。キリスト教の体制という大きな枠組みはあっても、その中の細部に至るまでの絶対的な神の取り決めというものは確立されていない。それは今日聖書解釈に絶対的なものがないのと同じである。神が直接、絶対的な方法で決定しない限り、万人の認める絶対的な規準を定めるのは不可能なことである。したがって現実には、取り決めのほとんどがその教団の裁量しだいで決められているのである。
 さらに、自称神の取り決めに従う人々、つまり偽善的な神の組織や本人たちは誠実かつ真剣であっても大いなる錯覚を冒している組織等と、本当の神の組織は区別して考えねばならない。それに組織全体と個人の問題もある。ある組織がサタン的だといっても、その中にいる人のすべてがサタン的だとは限らない。神の取り決め、それに従う人の意味合いによっては、判定がかなり変化しうるのである。
 こうした幾つかの問題点はあるが、論議を進めて行く基準としては、神の組織の定義は「神の取り決めに従う構成体」ということでよいと思う。
 不思議なことに「論じる」の本には組織の定義は載っていても、神の組織の定義は記されていない。組織の定義に単に「神の」をつければそれでよいと考えているのかそれとも、神の組織を明確に定義するとものみの塔協会に都合が悪いのでそうしないのかはよくわからないが、後の方に「今日のエホバの見える組織をどのように見分けることができますか」という項目を設けてごまかしている。これは意図的になされた可能性が高い。なぜなら神の組織を厳密に定義しようとすると、本当はものみの塔協会が困ることになるからである。
 ものみの塔協会は聖書の取り決めから出てきた組織ではなく、カエサルの法律に基づいて作られた組織である。神が直接ものみの塔協会を作るようにと指示したわけではない。事実、協会の会長や副会長、会計秘書などの役員は、神権的な方法ではなく「聖所を汚した」とされる民主的な選挙(「2300日」の項目参照)で決められている。「ものみの塔協会を作るようにという神の取り決めは聖書のどこに記されていますか」と問われたら、おそらく返答に窮するであろう。神の組織の条件を別に定めて、それにかなっているから神の組織であるという言い方しかできないからである。
 ある組織を100パーセント神の組織、サタンの組織と断定するのであれば、その組織は100パーセント神の取り決めに従っているか、サタンの取り決めに従っているかでなければならない。ところが現実には、はっきりそのように言い切れる組織はほとんどない。そもそも取り決め自体、100パーセント断定することができない以上、基準の設定すら難しいのである。たいていの組織、人は、ある部分は神であったりある部分はサタンであったり、またあるときは神であったりあるときはサタンであったりする。100パーセントの神の組織、サタンの組織などといいうものは、天の領域は別にして現実には存在し得ない。ただし、後のほうで取り上げるが、神が明確な行動を起こした場合は別である。
 サタン的な要素を指摘されたらどうするか。ものみの塔協会の場合は「人間は不完全だから」という得意のせりふで逃げることにしている。不完全は誰がもたらしたんですか。・・・直接はアダムですが元凶はサタンです。ですから私たちの責任ではありません。・・・そうですか。でも不完全さは根源的にはサタンから来たものでしょう。それではやっぱりサタン的なところがあるということになりませんか。
 これは一種のパラドックス(逆説)であろう。

(2) 神の組織は常に唯一であったか

神は常に一つの組織しか用いられなかったのでしょうか。「もちろんそうです。神が同時に二つの組織を用いたことなどありません」とものみの塔協会は主張する。「あなたは地上の楽園で永遠に生きられます」という本は、その点について次のように述べている。

エホバが二つ以上の組織をお用いになった時代がかつてあったでしょうか。ノアの日には、ノアおよびノアと共に箱舟の中にいた人だけが神に保護されて大洪水を生き残りました。(ペテロ第一3:20)また、第1世紀にもクリスチャンの組織が二つ以上あったことはありませんでした。神が交渉を持たれたのは一つだけでした。「主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ」でした。(エフェソス4:5)わたしたちの時代においても、神の民のための霊的教えの源は一つしかないことを、イエス・キリストは予告されました(p.193)

この他にも、23章「目に見える、神の組織」の項目の中には「神の組織が一つである」とする理由がさらに幾つかあげられている。あわせてその根拠を整理してみると、だいたい以下のようになる。

《神の組織が唯一であるとする理由》

  1. 神は無秩序な神ではなく秩序の神である。それゆえ幾つもの組織を用いて人々を混乱させるのはその神性に合わない。
  2. 信仰は一つしかないのだから、組織も一つのはずである。
  3. ノア、アブラハム、イスラエル民族、1世紀のクリスチャン会衆、いずれも神が二つの組織を用いた時代はない。
  4. 神の天の組織は一つしかない
  5. 目に見える天、すなわち宇宙は一つの取り決め、法則に従って運行されている。
  6. キリストは忠実で思慮深い奴隷に「すべての財産を委ねる」のであって、幾つかのグループに分割して委託するのではない。

これらの項目は大旨正しい。ただ、6はイエス・キリストが到来して、弟子たちと清算をした後でなければならないという時節的な条件はあるが。
 1〜6の項目は基本的には正しいとしても、こうした根拠を基にして神の組織は常に一つであったとするのは早計である。この教理は適用と状況を画一化しないと成り立たない。総合的には聖書の歴史と現実を忘れたあまりにも単純な見方であるといえる。

《神の組織が一つのとき》

組織の最小単位は家族と考えることができる。そういう意味では地上に神の組織が一つしかなかった最初の時は、エデンの園の時代といえる。この時には、神の設けた取り決め以外のものはなかったし、地上で他の取り決めに従う人間も存在しなかった。
 その次に神の組織がはっきりしたのはノアの時代である。箱舟を作るようにとの神の定めに従ったのはノアの家族だけであって、他の人々はその取り決めに加わろうとはしなかった。やがて大洪水は「生き残った8人」対「滅ぼされた邪悪な人々」という形で、「神の組織」と「サタンの組織」を明確に区別するものとなった。
 さらに、神が律法契約を通して組織された国民はイスラエル民族だけであったという点も指摘されよう。神がイスラエル以外の国民と契約を結んで、何らかの組織を作ったということはない。また、紀元1世紀ペンテコステの日にクリスチャン会衆が発足したとき、聖霊を注がれたのは12使徒を中心としてエルサレムに集まっていた人々だけであった。他にどこかで聖霊が注がれて、独自に別のクリスチャン会衆が組織されたというような記録は全くない。
 こういう事例ばかりを見せられると、ものみの塔協会の教理はやはり正しいではないかとエホバの証人は考えるかもしれないが、”忘れてはならない”、こういうケースは聖書の歴史からすると、ほとんど例外的なことなのである。多くの場合、神の組織とサタンの組織の明瞭な区別はつかない。神の明確な行動がなければ判断は非常に難しいのである。サタンのしもべは常に「義の奉仕者、光の使い」に装っている。偽物と本物を見分けるのはそれほど易しいことではない。これは多くの信仰の人々を悩ませてきた問題でもある。
 ものみの塔協会が主張するほど、現実は決して単純ではないのである。これは一律に神、サタンと簡単に決められるようなテーマではない。この問題には、神の組織の意味合い、取り決めのレベル、預言的な時節等々の様々な要素が関わってくる。決して無条件で「神の組織は唯一である」とは言えないのである。

《法的意味と実質的意味》

出エジプトしたイスラエルの民はシナイ山でモーセを仲介者とし、神と律法契約を結んだ。その時以来、イスラエル国民は組織された神の民となった。それはキリストがやって来て律法契約を終了させるまで続いた。この間、神の組織はどうなっていたであろうか。本当に一つしかなかったのであろうか。
 確かに限定された意味においては神の組織は一つしかなかったといえる。しかし、これはあくまでも限られた範囲ということであって、決してあらゆる意味で成り立つということではない。
 当時、神が正式に認定した契約は律法契約であり、それ以外にそのような契約は存在しなかった。そして律法契約を結んだ組織は唯一イスラエルの民であった。したがって、そのような意味、つまり、法的な意味においては、神の組織は一つしかなかったと言える。
 しかし、神の組織にはもう一つの側面がある。すなわち実質的に神の取り決めに従っているかどうかという問題である。律法契約という取り決め下にいるというだけでは不十分である。本当に神の取り決めに従っているのかどうかが大きな問題となるのである。聖書的にはこの要素の方がはるかに重要な意味を持つ。法的意味と実質的な意味の双方において神の組織でなければ、真の神の組織であるとは言えないのである。
 法的な意味においては神の組織は一つ、しかし、実質的な意味においてはそうではないという状況は、イスラエルの歴史上普通のことであって決して珍しいことではなかった。むしろ、国民全体が背教してしまい、神の組織とは名目だけであって、実質的にはサタンの組織と言えるような場合が非常に多かったのである。
 典型的なのは、バビロニア帝国に滅ぼされてしまった時のイスラエルの状況である。この時イスラエルは法的には神の組織であった。形式的には、ソロモンの建てた神殿でエホバの崇拝を続けていたし、律法契約も依然として有効であった。しかし崇拝の実質においてはどうであったろうか。エレミヤ、エゼキエルなどの預言者たちの糾弾からわかるように、イスラエルはもはや神の組織とは言えないような状況にあったのである。行っていることは神の取り決めなどとはほど遠いサタン的な精神に満ちていたものであった。
 当時の状況についてエレミヤは

「盗み、殺し、姦淫し、偽って誓い、バアルに香をたき、知ることのなかった異教の神々に従いながら、わたしの名によって呼ばれるこの神殿に来てわたしの前に立ち、『救われた』と言うのか。お前たちはあらゆる忌むべきことをしているのではないか」
(エレミヤ7:9,10 新共同訳)

と記している。
 神の唯一の組織イスラエルは、神の組織とは表面的、神が律法契約を破棄していないというだけの法的意味、実質的にはむしろサタンの組織になっていたと言えるのである。

《現実には二つの神の組織》

イスラエルの最初の王となったのはサウルである。彼は当初は神に忠実な良い王であったが、やがて神の指示やその取り決めを無視するようになり、ついにはエホバに捨てられてしまう。
 その後、油注がれて王になるよう任命されたのはダビデであった。しかし彼はすぐに王位に就くことができたのではない。サウルに妬まれて命を付け狙われ、逃亡を余儀なくされる。そして荒野を何年間も放浪した後ようやく即位するのである。それでもただちに全イスラエルの王になったわけではなく、初めは二部族の王にすぎなかった。サウルの家とは七年余に及ぶ戦争があった。このダビデの物語はよく知られていることなので、詳しい説明は要らないと思う。
 ここで問題になるのは、サウルがおかしくなってからダビデの王権が完全に確立されるまでの期間についてである。この間、神の組織はいったいどうなっていたのであろうか。
 もちろん、サウルもダビデもイスラエル国民に属し、共に律法下の体制にいたので、そういう大きな意味では組織は一つであったと言える。しかし、実際には二人はいつまでも同一の組織の中にいたのではない。やがてダビデはサウルのもとを離れ、二人はそれぞれ独自の組織を形成するに至る。
 イスラエルの体制全体を掌握していたのはサウルの方である。ダビデのもとに集まったのはごく少数の人々であった。サムエル記上22章2節はその時の様子について「困窮している者、負債のある者、不満を持つ者も皆彼のもとに集まり、ダビデは彼らの頭領になった。四百人ほどの者が彼の周りにいた。」(新共同訳)と記している。ダビデについたのは反主流派の人間ばかりであった。
 ではダビデのものに形成されつつあったこの組織は、どちらの組織になるのであろうか。はたして神の組織として認められていたのであろうか。心の中ではダビデの方が神の是認を得ていると考えていた人もかなりいたのかもしれないが、何といっても法的に神の組織の体制全体はサウルの配下にあった。彼がそのような見方を許すはずがない。一般的にはアビガイルの愚かな夫、ナバルの「ダビデとは何者だ、エッサイの子とは何者だ。最近、主人のもとを逃げ出す奴隷が多くなった。」(サムエル記上25:10 新共同訳)という受け止め方が普通であったと思われる。まさかサウルが「私はダビデを妬んで彼の命を狙いました。ダビデは仕方なく逃げ出したのです」と素直に真実を語るはずがない。当然「ダビデは逃亡者だ、主人を捨てて逃げたのだ、王位をねらうよからぬ輩だ」と宣伝したに違いない。
 サウルが実際どんなことを行ったのか、詳しい記録がないのでよくわからないが、ナバルの言葉は当時の一般的な見方を反映したものであろう。ダビデの組織は体制派からは認められない存在であったと考えられるのである。
 それでは神ご自身はいったいどのようにご覧になっていたのであろうか。この間ダビデが神の是認を得ていたのは確かなことである。イスラエルの体制からは退けられても、神から見捨てられるようなことはなかった。そういう意味ではダビデの組織は、まさに神の組織であり、決してサタンの組織などではなかったといえる。
 ダビデの組織が実質的には神の是認を得た組織であったとすれば、サウルの組織の方はどういうことになるのであろうか。ものみの塔協会のいうように神の組織が一つしかないと仮定するなら、ダビデを認めればサウルの方は否定するしかない。もしそうだとすると、実質的にはサウルの組織はサタンの組織だったということになるが、はたしてそう言い切れるであろうか。
 サウル自身が神に否認されていたのは間違いない。しかし、それは必ずしも即サウルの組織全体の否認を意味しているわけではない。サウルの組織をサタンの組織だと断定すると、おかしなことになってしまう。別の困った問題が起きてくるのである。
 ダビデとヨナタンといえば、美しい友情の代名詞のようになっている。ものみの塔協会もヨナタンを高く評価し、「千人に一人の人物、勇敢で、忠節で、利他的な人」と述べている。(1980年2/15号)まさかこのようなヨナタンを、サタンの組織の一員ということなどとてもできないであろう。
 では、ヨナタンを神の組織の成員とすると、どういうことになるであろうか。現実にはヨナタンはダビデの組織の中にいたのではない。彼はサウルの子であり、その後継者としてサウルの組織を代表する人物であった。ヨナタンを神の組織の一員、彼が属する組織を神の組織とすると、サウルの組織も神の組織ということになってしまう。そうすると現実には、神の組織はダビデの組織と合わせて二つ合ったという結論になってしまう。
 ところがサウルが不忠節になってからは、サウルの組織は神の取り決めと真っ向から反することを再三にわたって行うようになった。サムエルかを脅かし、ダビデの命を付け狙い、祭司の町ノブの住民を虐殺している。こういう命令を発するほどサウルは悪霊的になっていたのである。聖書は、サウルが神の霊的裁きを受けて聖霊を取り去られると、すぐに悪霊の攻撃に悩まされるようになったと記している。(サムエル記上16:14)いうまでもなく、このような組織のトップの状態や行為は神の組織の業ではありえない。
 このように考えてくると何とも妙なことになる。法的契約関係からいえば、神の組織は一つ、しかし現実には神の組織は二つに分かれて争い合っている。実質的には神の組織とサタンの組織が入り乱れているという複雑な状況になっているのである。
 こうしたことは何もダビデの時代に限ったことではない。規模や関係の程度はそれぞれ異なっても、様々な時代にごく普通に見られたことである。アブラハムとロト、ヨセフの家とイスラエルの民、追い出されたエフタとイスラエルの家、イエス・キリストの伝道期間等々数多くの例を上げることができる。
 結局、神の組織は一つであるといっても、「一つ」の意味が問題になるのである。加えて、取り決めのレベルの問題もある。「神と契約下にある組織」「神の認めている組織」「神の義認している組織」「神の用いている組織」これらは常に同一であるとは限らない。一時的には諸国民さえ神に用いられた組織になっている。神の決定的な裁きがなければ、現実には入り乱れていることの方が多いのである。
 繰り返すが、これは意味の意味を考えずに単純に論じられるようなテーマではない。「この世には神の組織とサタンの組織しかない。神の組織はただ一つ、あとは皆サタン」というものみの塔協会の教義は、現実とは遠く掛け離れた、あまりにも単純で短絡的、一義的、御都合主義的な教義と言わざるをえない。

《現在は混在の時代》

最初は一つだったキリスト教も、現在では何千という教派、宗派に分裂してしまった。小さな組織まで入れるとその数は膨大なものとなる。はたしてものみの塔協会の教える通り、この数ある組織を「ただ一つの神の組織」対「その他のサタンの組織」に分けてしまうことができるのであろうか。その一つの神の組織がものみの塔協会か否かは別にしても。
 この点でカギを握っているのは「小麦と雑草、あるいは小麦と毒麦の例え話」である。同様のものとしては他にも「引き網の例え話」などがある。これらの例え話はキリスト教がどのように進展し、最終的にどうなるかを示したものである。
 その中の代表的な「小麦と毒麦の例え話」と、イエス・キリストの語ったその解き明かしを聖書から見てみることにする。

「天の国は次のようにたとえられる。ある人が良い種を畑に蒔いた。人々が眠っている間に、敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて行った。芽が出て、実ってみると、毒麦も現れた。僕たちが主人のところに来て言った。『だんなさま、畑には良い種をお蒔きになったのではありませんか。どこから毒麦が入ったのでしょう。』主人は、『敵の仕業だ』と言った。そこで、僕たちが、『では、行って抜き集めておきましょうか』と言うと、主人は言った。『いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。刈り入れの時、「まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい」と、刈り取る者に言いつけよう。』」
 それから、イエスは群集を後に残して家にお入りになった。すると、弟子たちがそばに寄って来て、「畑の毒麦のたとえを説明してください」と言った。イエスはお答えになった。「良い種を蒔く者は人の子、畑は世界、良い種は御国の子ら、毒麦は悪い者の子らである。毒麦を蒔いた敵は悪魔、刈り入れは世の終わりのことで、刈り入れる者は天使たちである。だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終わりにもそうなるのだ。人の子は天使たちをを遣わし、つまずきとなるものすべてと不法を行なう者どもを自分の国から集めさせ、燃え盛る炉の中に投げ込ませるのである。彼らは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。そのとき、正しい人々は、その父の国で太陽のように輝く。耳のある者は聞きなさい。」(マタイ13:24〜30,36〜43 新共同訳)

この例え話とその解説からわかるのは、「キリスト教が最初は小麦だけの真のクリスチャン、すなわち純粋な唯一の神の組織から始まっても、すぐに毒麦、まがいもののクリスチャンに汚染されてしまう。その結果、神の組織と偽善的なキリスト教の組織との明瞭な見分けはつかなくなる。そういうことをするのはサタンであって、神の組織とサタンの組織が混在する状態は“終わりの時”まで続く。しかし終わりの収穫が始まると神の組織とサタンの組織は分けられる」ということである。
 従って、神の組織が唯一か否かを決めるポイントは一点に絞られることになる。み使いたちが派遣されて小麦、真のクリスチャン、聖徒たちを集める時が到来したのかどうかということである。すでにその時が到来したのであれば、どこかに世界的なネットワークを持つ真の神の組織が存在するはずである。ただしこれは、一度は聖徒たちが地上で集められると仮定したうえでのことではあるが。まだその時でないとすれば、聖徒たちの集合はこれから行われることになろう。
 1914年の問題のところで詳しく検討するが、現在の諸情勢から判断すると、終わりの時はまだ到来していないと言えるようである。そうであれば、今は神の要素とサタンの要素が混在する時代、神の組織とサタンの組織が入り乱れている時代ということになろう。ものみの塔協会の現実もこの位置付けにピッタリする。

(3) ものみの塔協会は神の組織かそれとも悪魔の組織か

自分たちを唯一の神の組織であるとするものみの塔協会の論理も、一応は小麦と毒麦の例え話の線に沿って組み立てられている。「終わりはすでに始まっている。(ものみの塔協会の教えにはいろいろな終わりの日があって、もっともよく知られているキリストの臨在による終わりの日は1914年、収穫の終わりの日は1870年代、千年統治も裁きの終わりの日といわれている)収穫の時期はすでに到来した。全地の小麦クラスのクリスチャンは、ものみの塔協会を通して各地の会衆に集められている」といった組み立てである。
 この主張は二つの前提を土台としている。それは、

  1. 収穫の終わりの日はすでに到来した
  2. 神の組織の条件にかなう組織はものみの塔協会以外にはない

というものである。
 ものみの塔協会の教えはひとえにこの前提にかかっている。これが崩れてしまえば、その主張もすべて崩壊してしまう。
 1については「1914年」の問題のところで詳しく論じるので、ここでは2の点について検討することにしたい。神の組織の条件については、ものみの塔協会が上げているもので十分だと思うので、それを基にして吟味してみることにする。

《神の組織を見分ける条件》

ものみの塔協会が上げているのは次の七つである。
「聖書から論じる」p.297より

今日のエホバの見える組織をどのように見分けることができますか

《ものみの塔は混在の組織》

上記の規準をものみの塔協会自体に当てはめるとどうなるであろうか。宣伝を抜きにした実態はだいたい以下のようなものである。

こうして見てみると、ものみの塔協会は雑誌の誇大宣伝ならいざ知らず、厳密にはとうてい神の組織とは言い難い状況にあることがわかる。それでは、神の組織でなければサタンの組織ということになってしまうのかというと、どうもそうとは言い切れないようである。
 だいたいどっちかに決めつけてしまうというのは、ものみの塔的一義的な発想であって現実的ではない。現実には、すべての組織がそうであるが、サタン的なところもあれば神にふさわしいところもある。どっちか一方というのは、よほど極端な組織でなければあり得ない。もちろんあるとすれば今のところは間違いなくサタンの方であるが。ものみの塔協会が神の組織に見えるという人はそういう部分しか見えないか、あるいは見ない人である。全面的にサタンの組織に見えるとすれば、それは偏見や先入観に基づいて眺めているせいであろう。
 ものみの塔は神の組織か、それともサタンの組織か。そのどちらでもない。サタンと神が半々くらい、偽善的な幹部ほどサタンに近くなる。これが現実的かつ妥当な判定であろう。

《神に忠節とはーコラとダビデの場合》

ものみの塔協会の最後の切り札、都合が悪くなった場合の最後の逃げ道は「やがてエホバが正してくださる、それを待てない人は不信仰だ、僭越だ」である。
 エホバがいつ?どのように?・・・それは誰にもわからない。すべてはエホバによることなのだから。神が定めの時にご意志にかなった方法で行ってくださるはずであるということになる。具体的な保証は何もない。
 皆が忘れてくれればそのままうやむやにしてしまう。どうしても扱わなければならないものは、まず一生懸命理屈を考える。これで成員を納得させられる、あるいはごまかせるという有力なものが見つかると、ただちに「やはりエホバの組織です」という顔で堂々と行う。ちょっと弱いな、根拠薄弱だなというものは、皆の記憶が薄れた頃にさらりと変更してしまう。
 現実にはものみの塔協会の対応のパターンはこの程度なのだが、エホバの証人はエホバの名を出されるとどうにも弱い。組織の中にいると幹部の“へ理屈”に簡単に瞞されてしまう。
 よく考えてみるとコラとダビデの場合は全く違うのである。この相違はモーセとサウルの違いに基づいている。二人とも神の組織、イスラエルの指導者であるという立場は同じであった。ところが決定的に異なっていたのは、サウルは霊的な裁きを受けてすでに神から否とされていたのに対し、モーセは神の義認を得ていたという点である。このゆえに、サウルに対するダビデの離反、反逆は必ずしも神に対する反逆にはならなかったが、モーセに対するコラの反逆は神に対する反逆を意味するものとなったのである。
 モーセの場合は、何らかの過ちや間違いを犯しても、神の義認を得ていたので全体としては神が導いていることになった。その過ちや間違いは神の義認を失うほどのものではなかった。したがって、イスラエルの民は問題があっても神が正してくださることを期待して待っていればよかったのである。
 しかし、サウルの場合は事情が大いに異なっていた。彼は神の義認を失っていたので、その過ちや間違いは致命傷になった。やがてエホバが正して下さるのではないかと待ち続けていったらどうなったであろうか。おそらくサウルの家と共に滅んでしまったに違いない。組織と個人、何が神に対する忠節か、いずれの道が神への忠節になるのか、カギとなるのは神の義認である。エホバの霊的な裁き、聖霊の判決がどうなっているかがターニングポイントになる。

《真理を愛する人はものみの塔協会から出るべきである》

もう一度強調する。その組織が本当に神の義認を得ているなら、その中にとどまって神が行動されるのを待てばよい。しかし、そうでなければすべての努力はやがて徒労に終わる。神が癒し不能とみなしたものは、誰も癒せないからである。
 カギとなるのはその組織のトップに対する神の霊的裁きである。その点から判断すると、ものみの塔協会はもはや癒し不能であることがわかる。日本支部は偽証を改めるどころか、ますます偽りの宣伝を流している。R・V・フランズ兄弟の経験に示されるように、この点では統治体も全く同罪である。しかも、彼らはこうしたことを意識的に行っているのである。全員が真相を知っているとは言えないが、組織体として知らないということは絶対にありえない。なぜなら、彼らはその点をはっきり指摘されており、それに対して偽りの宣伝で答え応じているからである。
 統治体を初めとする幹部に対する神の義認が取り去られたことは、今回の事件によって法的にも実質的にも立証された。エホバの天の法廷が実際に機能しているのであれば、神の霊的な判決の影響は間もなく明らかになるはずである。

6章 ものみの塔協会と大いなるバビロン

(1) 大いなるバビロンとは

黙示録には極めて特異な一人の娼婦が登場してくる。彼女の名は秘義であって大いなるバビロンと呼ばれている。もちろんこの女は文字通りの女ではない。他のところでは大いなる都市とも呼ばれている。
 神の前に大いなるバビロンの罪は非常に重い。ついに彼女の罪は天にまで達し、神により有罪の判決を受ける。その滅びは速やかに臨み、荒廃は徹底的なものとなる。復興することはもはや永久にない。神の民は大いなるバビロンと共に滅びることのないよう、急いでそこから出るよう勧められている。
 聖書預言によると、大いなるバビロンは滅ぼされることに定められているので、その正体を見分けるのは非常に重要な問題であると言える。裁きの時が到来してからでは、遅くなってしまうからである。
 そのためにはまず、大いなるバビロンの特徴をしっかりと押えておく必要がある。

《大いなるバビロンを見分ける要素》

黙示録17,18章に記されている記述から、大いなるバビロンの特徴、あるいは識別するためのポイントを整理してみると、だいたい次のようになる。

  1. 政治的な同盟や密約を結ぶ
      「地の王たちと淫行を犯す」(17:2)淫行は神との契約を破って、他の者と契約や密約を結ぶことを表す
  2. 政治的に大きな影響力を持つ
      「地の王たちの上に王国をもつ」(17:18)
  3. 全世界的な組織を形成する
      「あなたの見た水、娼婦が座っているところは、もろもろの民、群衆、国民、国語を表している」(17:15)
  4. 時代を越えて存在する
      「女は七つの頭と十本の角を持つ緋色の野獣の上に座っている。七つの頭は七つの山を表している。七人の王がいる。五人はすでに倒れ、一人は今王位についているが、他の一人はまだ現れていない」(17:3,9,10)
  5. 豪奢で物質欲に富む
      「紫と緋色の衣をまとい、金と宝石と真珠で身を飾る」(17:4)「膨大な富を蓄える」(18:11〜17)
  6. 流血の罪を負う、聖なる者やキリストの証人たちを迫害する
      「聖なる者たちの血とイエスの証人たちの血に酔っている」(17:6)「地上で殺されたすべての者の血が、この都で流された」(18:24)
  7. 心霊術、魔術を行って人々を惑わす
      「お前の魔術によってすべての国の民が惑わされ」(18:23)
  8. 神の民をその中に含む
      「私の民よ!彼女から出なさい」(18:4)
  9. 神の裁きにあう、現実には獣で表されている政治勢力によって滅ぼされる
      「十本の角は十人の王を表している。彼らは一時の間、獣と共に王としての権威を受ける」(17:12)「十本の角、野獣は娼婦を憎み、その肉を食い尽くし、火で焼き尽くす」(17:16)
  10. その滅びは永遠の滅びであり、復活することはもはやない
      「ひとりの力強いみ使いが大きなひき臼のような石を海に投げ込んでこういった。『大いなるバビロンはこのように早い勢いで投げ落とされ、見い出されることは二度とない』」(18:21)

当然のことながら、ここにあげた特徴のすべてにかなうものが「大いなるバビロン」なのであって、一つか二つしか合わない組織であれば、大いなるバビロンとは断定し難い。すべての条件を満たしていない組織の場合は、どの程度バビロン的であるとかないとか言えるくらいなものであろう。大いなるバビロンであると断言するには、あくまでもこれらのすべての条件を満たすものでなければならない。

《様々な解釈》

大いなるバビロンが何を表すかについては、数多くの解釈がなされている。その中の代表的なものを以下に上げてみる。

これらの様々な見解を整理すると、

  1. 世俗化し、腐敗かつ堕落した諸宗教(特