運営係 すみれ の横顔

私は20代から40代にかけて約25年間をエホバの証人として過ごし、2006年の今、証人をやめて4年がたとうとしています。かつては「どんなことがあろうと、私はエホバと聖書を愛しているし、たとえ生きている間に楽園が来なくても生涯この生き方をしていくのだ」と堅く思い定めていましたが、どんなことで人生が変わるか分からないものです。

エホバの証人と出会った頃

若いころの私は非常に内気で、ひとと思うように会話ができないことが最大の悩みでした。さらに高校卒業後勤めた職場では、雇用主から受けるストレスが大きく精神的に参っていましたし、同僚が男性一人だけという期間が長く続いて孤独を感じていました。そうした状態のときにエホバの証人と出会ったのです。

つらかった勤め先をやっとの思いで辞め(気が弱く退職を言い出せなかった)、それを機会に念願だった一人暮らしを始め、新しい職場にもなじんできた頃、近所に住む年齢の近い独身の姉妹に勧められて家庭聖書研究を始めました。当時わたしは読書好きで、聖書もいつか読みたい本として手元にありましたが、途中でくじけて放置してありました。と言っても信仰心はなく、単に常識として聖書を知っておきたいという程度でした。ですから研究中、信仰がなければ言えないような答えを言わされることが苦痛で、辞めようかどうしようかと結構悩んだりしました。

それでも、「研究を辞めたい」となかなか言い出せなかったのは、司会者の姉妹に非常に親切にしていただいたので申し訳ないという気持ちと、エホバの証人の社会に魅力を感じていたせいでした。「ようやく物事をまじめに考えている人たち、他の人を気遣う人たちに出会えた」という喜びがありましたし、同年代の姉妹たちとおしゃべりをしたりケーキを作ったりなど、そうした交流が本当に楽しかったのでした。この人たちの本当の仲間になりたいという気持ちに後押しされ、やがて、実現したらいいなと思うこと、信じたいと思うこと、それを信じるようになっていきました。

ただ、人間に引きつけられただけではなく聖書の言葉にも魅力は感じていました。読み進めるにつれ、作り話とは思えない真実の響きを感じたり、人の心をえぐり出す鋭い言葉に感動したりもしました。また、自然界の精巧さを知れば知るほど「偶然にできるはずはない。きっと神はいるに違いない」という確信も強めていきました。でも、近いうちにハルマゲドンが来て楽園になるということに関しては、時々不信感がわき上がってはいましたが。

エホバの証人になってから

バプテスマを受けて証人になると潮が引くように会衆でのお客様扱いは終わりました。それに対して寂しさを感じたこともありましたが仕方のないこととも思いました。当時会衆には若い開拓者が多く、奉仕時間のノルマに縛られていましたから、すでにバプテスマを受けた人に時間を費やすことができないことは理解していました。今度は自分が他の人に愛を示す番なのだと自分を説得し、すぐに補助開拓、正規開拓と始めて仲間と共に働く喜びを感じていました。ただ体力的には相当無理をして体を壊してしまいましたが。

証人社会の人間関係では、たまに悲しくなるようなこともありましたが、それほど敏感でなかったせいか他人が許せなくて苦しいということはほとんどありませんでした。会衆内にも多少問題はあったようですが、組織の提案通り「うわさ話をしない」「よけいな詮索はしない」などの教えを守っていたので、会衆内にどんな問題があるのかはよく知らない人でした。

むしろ私にとって最もつらかったのは、結婚後数年で排斥になった夫との関係でした。組織の型に収まることができなくなった夫はまず組織から離れ、後に排斥されました。精神的に追いつめられて苦しかったのでしょうが、そのはけ口は私に向けられ、暴力という形で噴出しました。「夫が苦しんでいる原因はひとから愛されていないという思いなのだろうから、心からの愛情を注ぎ続ければいつかは通じるはず」と思って、ただひたすらエホバに頼りながら苦しい数年を過ごしました。その時期、私にとって自宅は地獄でしたが会衆は文字通り霊的パラダイスと感じられ、エホバと聖書の言葉が支えとなっていました。そうこうするうちに苦しい時期はいつしか過ぎ去り、徐々に人間らしい生活が戻り、いまは比較的平穏に暮らすことができています。

エホバの証人との関わりを通して、あえて良かった点を挙げるなら、気弱で自己主張のできない性格をある程度克服でき、見知らぬ人とも会話ができるようになったことでしょうか。多少はひとに対する愛情も培えたかもしれません。また、会衆内の方たちとの交流は私にとっては肉親にまさる喜びをもたらすものでもありました。もっとも組織と共に歩むならという条件の基でだったわけですが…。組織の教えややり方には不満を感じることもありましたが、そのうち改善されるでしょうと楽観的に考えていました。こんな状態でしたから、自分が組織を離れることになるとはまったく予想もしていませんでした。

組織を離れたわけ

私が初めてインターネットに接続したのは1999年秋のことですが、組織はしきりに背教者のサイトを訪問しないようにと警告していましたから、その教えを守って3年間は"無事"でした。しかし聖書関連で検索をしたとき、たまたまエホバの証人情報センター(JWIC)がヒットし、目に飛び込んできた見出しに釘付けになってしまいました。

「ざっと内容を見るだけだから」と言い訳しつつ、斜め読みして知った組織の内情には衝撃を受け、「こんなことがあり得るの !? 嘘でしょう! どうして? 私たちに正直であるよう教えてくれた組織でしょう ?! 」と、読み進めるに従って世界がひっくり返ったような驚きをおぼえました。「これ以上読んだら絶対、説得されてしまう! 」と思い、いったんは切り上げましたが、しばらくしてまた続きを読まずにはおれませんでした。

それからは、組織の歯止めは何の効力もなくなり、いわゆる背教者サイトを何日も何日も読みふけりました。背教者として切り捨てられた人たちの多くは実は被害者で、組織にとって不都合なことを隠すために排斥されていました。そのやり方は、私たちが組織から教わってきたものとは正反対のもので、自称「清く愛ある組織」というのは間違いでした。

人間は不完全ですから、統治体員も間違いはするでしょうが、ネットを通して知った実態は、不完全だからという言い訳は通用しない不誠実で愛の欠けたものでした。聖書に書かれている以上の予言を語り、成員に無理な要求をし、図らずも多くの人の人生をもてあそんでいました。もちろん最初は誠実に信じていたのでしょうが、間違いに気づいても訂正や謝罪はなく、傲慢にも詭弁を弄して言い逃れをしていました。1995年にオウム真理教事件が起こったとき、「あんなインチキ宗教にだまされるなんて気の毒に」と思っていた自分が同類だったとは皮肉な話です。

私は個々のエホバの証人が嫌いだったわけではありませんが、当時、神の組織として信頼しきっていた反動で、こんな不誠実な組織とは決別しようと数週間で関係を切ってしまいました。そうすることは長年エホバの証人とだけつき合ってきた私にとって、人との関わりがほとんどなくなることを意味し、離れた当初は本当につらく寂しい思いをしました。

STOPOVER ML との出会いと心境の変化

組織の実態を知ったすぐ後に、このメーリングリスト(ML)に加入したことがずいぶん孤独感を癒してくれました。今まで組織の中では言えなかった本音や心の内を存分に語ることができました。また、組織の中で人間関係を学んだと思っていましたが、実は表面的な関わりでしかなかったことにも気付かせてもらえました。

私のような、いわゆるエホバの証人一世はなぜ宗教に引きつけられるのかと考えてみると、一番は孤独感なのではないかと思います。人間が本能的に持っている3大欲求のうちの一つが「集団欲」だそうですが、それが満たされていない時に宗教に引きつけられる面があるのかもしれません。理想的な社会を夢見、完全な組織などあり得ないのに在ると期待して目をくらまされてしまったのでしょうか。一般人との関係を極力排除し、同じ宗教の中だけで人間関係を形成していると、知らず知らずのうちに「状況の力」に流されて基準となるべき羅針盤が狂ってしまうのかもしれません。

組織の中にいたときは、困ったときに助けてくれるかもしれない仲間がいるという安心感、そして、何と言っても全能の神という味方がいるという安心感がありました。また、病気や老化、死からさえも解放されるという見込みも持っていました。しかし、組織から離れて自分の頭で考え出すと、そうした証人が得ている安心感はまやかしに過ぎないとしか思えなくなりました。人はつらくても、「天は自ら助くる者を助く」という格言どおり、自分の問題に向き合い、自助努力をしなければ何も変わらないと…。もちろんまったく人に頼ってはいけないというわけではありませんが、人生をすべて他人任せにするのはやめようと思いました。

このMLは、私たちが後にしてきた「ものみの塔」組織の代替物とはなり得ませんが、自立するための勇気を与えられた方は多いと思います。組織の偽善を知った後、そこにとどまることは難しいと感じる方は多く、そうした一番つらい時期に、同じような経験をした人たちとの交流は助けになると思います。

よろしければあなたも、今まで語れなかった思いをこのMLの中で語ってみませんか?

すみれ  2004/4/ 23 (改訂:2006/9/10)


メーリングリストシステムおよび運営係に戻る

トップページに戻る